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僕と凛子さんは高校の文芸部以来の付き合いだ。二年の先輩だった凛子さんは部活紹介を任され、その紹介を見て入ったのが新入生だった僕だ。
「覚えてるよ、キミが最初に書いてきた小説」
凛子さんは懐かしそうに目を細める。
「会誌に載せるから何でも良いから書いてきてね、って言ったらさ、思ったより立派な小説書いてきちゃって。覚えてる?」
「もちろん」
「家から距離のあるコンビニで見かけたバイトの女の子がクラスメイトで、だんだん仲良くなって、バレンタインに買い物袋にチョコレートこっそり入れられる話。良い言葉を書くなあ、と思ったんだよ」
僕は黙って凛子さんの話を聞く。思い返すと、その話は稚拙でご都合主義な展開もあり、顔を手で覆いたくもなる。
「文章力はまだまだだったけど、言葉にうまく感情が乗ってるなーって思ったんだ。『こいつはモノになるぞ!』って編集者みたいに思っちゃって」
僕はその時初めて小説というものを書いたのだ。それまで国語の教科書と新聞しか読んだことのなかったような僕が。
「それからキミに書け書け言ってさ。読みたかったんだよ、キミの作品。私が読みたいからってキミを作家という道に引き摺り込んだんだよなー」
「ま、そんな凛子さんのおかげでこうやって立派な作家になれたわけだし」
「私のおかげか。うーむ、感謝するが良いぞ」
二人で笑う。凛子さんはふと思い出したように言う。
「私があなたのファン一号だからね。私のために小説を書いてくれるんだっけ?」
プロポーズの時の言葉だ。
「もちろん。今までも、これからも」
「ふふ、ありがとう」
それから取り留めのない話をして、食事を終える。
テーブルの上の片付けが済むと、僕はわざわざ紅茶を淹れることにする。
「なに、そんなに読んで欲しいの?」
凛子さんは呆れ顔だ。
普段はここでテレビかネットでも見て、二人だったり各々だったり、自由な時間を過ごす。でも今日は、僕の前で凛子さんにその記事を読んで欲しかった。
「せっかくの雑誌デビューでしょ」
「デビュー……ではないでしょ」
「はい」
僕は雑誌を手渡す。
凛子さんは手に取り、軽くめくって記事のページを確認すると、読み始めた。
凛子さん、僕はあなたにちょっとだけ隠していることがある。
凛子さんのために小説を書いてる。それは間違っていない。でも、それは決して凛子さんに言われたからじゃないんだ。
部活紹介のあの日、僕はあなたに一目惚れした。
凛子さんが文芸部で小説を書いて、お互いに批評しあうようなことが好きだと聞いて、僕は必死に小説を書いた。何冊か小説を書くための本まで買って読み漁った。
恋愛小説を選んだのは、凛子さんがそのジャンルが好きだと知ったから。
凛子さんをモデルにして、女の子を描いた。もしかして気が付かれるかとも思ったけど、あんな文章力でそれは単なる杞憂だった。
でも、嬉しそうに僕の小説を読む凛子さんを見て、僕はあなたに、それから小説を書くことに夢中になった。
だからあなたが僕に惚れる前に、僕はあなたに惚れていたんだ。
書く仕事に就いて、ずっと持ってた隠し事。それを今日、教えるんだ。
僕は紅茶を飲みながら、凛子さんの表情を覗き見た。
《了》
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