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いつの間にか僕は泣いていた。
「何で泣いてるんだ」
いもじゃが唇で目元をふさいだ。
僕の中には、いもじゃのかけらがあった。他はなだらかなのに割れ口の一辺だけが、鋭利な刃物のようだ。
そこにはずみで触れるたびに、僕は血と涙を流す。
時間の経過ともに、いろんな人のかけらは小さくなっていくのに、いもじゃのかけらは、まだ大きい。
今のいもじゃが、従来のかけらに足されて大きくなる。
でも、分断面は鋭利なままだ。
僕は触れては、また見えない血を流す。
見えないから、いや見たくないからこそ目をそらし、僕は痛みに向き合わなかった。
無視していたけど本当は痛かったんだ。
痛いんだ。心の奥が痛い。
やっぱりこのまま放置は嫌だった。
天井の木目の天板に目をやる。
天板と僕の間にいもじゃの顔が割り込んできた。
「昔から好きだった」
寝転びながら、いもじゃの目を捉えて続ける。
「親がいもじゃを一方的に責めた時、何も言えなかった。かばえなかった。僕が、いもじゃを、引きずり込んだのに」
胸が勝手に熱くなり、目元が急激に潤んだ。
「本当に、ごめんな」
僕を見下ろすいもじゃは驚いていた。
傲慢だった僕が、素直に気持ちを吐露することに。
僕はあの事件から傲慢じゃなくなったし、また今日、自分の気持ちを見ないふりをするのは止めたんだ。
「俺こそ、親父の葬式の後、会いに来てくれたのに。素っ気なくしてしまって。あれで嫌われたかなって思ってた」
「なんとも思ってないよ。嫌われてるのは僕だと思ってた」
それから僕達はいろいろ話をした。
あれからのことを、本当に話したいことを、これからのことも、欠けていたピースを埋めるように話した。
セミナーで誠人に会ったらしい。そこで僕の近況を聞いたそうだ。
いもじゃは最近会社を辞めたばかりだった。新しい会社の入社まで時間があって、今回は家の整理は口実だったそうだ。
でも実家の取り壊しはやるようで、片づけは本当に必要らしい。
タバコによる緩慢自殺の目論見について話したら、笑われた。
「まだ死にたい?」
「そうでもない」
「なら、もうこれ、要らないな」
持っているタバコをゴミ袋に放られそうになった。
「待て待て、せめて残り位は、お別れさせろ」
慌てて、いもじゃから奪い取る。
タバコを吸っているとき睨んでいたのは、タバコ自体が嫌いなのと他の男の影響を勝手に感じたらしい。意外と嫉妬深くて勝手だ。
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