僕の欠片 3

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僕の欠片 3

3年連続で大学入試に失敗した信ちゃん。親のコネで就職した会社を勝手に退職して部屋に引きこもった。 本家の長男として県内の国立に行くのが当たり前なのに。3年目の受験は投げやりだったらしい。 僕は次男だったから東京の私大に行かせて貰えた。 信ちゃんがしっかりしてくれないと、僕まで就職で地元に連れ戻されてしまう。 信ちゃんの結果は酷い有様だったのに、いもじゃは東京の国立を現役で合格して八森を出て行った。 この土地や信ちゃんが嫌だったんじゃないか。 卒業後は外資の金融に入ったとか。 いもじゃと信ちゃんの評価は正反対になった。 僕も大学卒業後は邦銀に入った。いきなり支店から本部の投資銀行部門に配属になって確率関数や統計とにらめっこになった。僕は文系の経済学部出身なのに。 さっぱり分からなくて先輩に泣き付くと、ファイナンス入門の一冊の本を紹介された。その本は読みやすくて、分かりやすかった。 情報会社が主催するセミナーでその本の著者が講師の研修会があると知り、速攻で申し込みをした。 高級ホテルの宴会場を使用した研修会。世界的な指標の変更に伴う国内基準の見直しがテーマだった。 内容は大して理解出来なかった。 分かったことは見直しの期限までに会社の基準を合わせること、それが出来ないと会社自体が詰むという事は大変理解できた。 先輩と一緒に来たので、詳細は後日レクチャーして貰うことにした。 会場から出る際にどこかで見覚えがあるような顔を見た気がした。 もう一度よくよく確認すると垢抜けして分かりにくかったけど、それはいもじゃだった。 身体にフィットさせた質の良いスーツ、パリッと糊の効いたクレリックカラーのシャツ姿で、喉元のボタンはひとつ開いていた。 先輩に先に会社に戻ってもらい、立ち去ろうとしている、いもじゃに声をかけた。 「八森さん!  八森嘉之さん」 いもじゃを本名で呼ぶ。 いもじゃはたちどまり振り返った。 呼び止める僕に素早く目を走らせるけれど、心当たりは無く疑問に思っているみたいだ。 「僕、誠人。八森の信の弟。覚えてない? 」 いもじゃは過去の亡霊を見たかのような反応をした。 今のピカピカのいもじゃを考えたら、あの時の八森は黒歴史だ。 お互いに名刺を交換して、後日食事に行く約束を取り付けた。 昔の信ちゃんは、いもじゃに執着していたから、帰省した時の軽いネタ集めのつもりだった。 これがのちに自分の首を絞めることになるとは思わなかった。
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