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~少女は死神の眼差しに愛をみる~
「私は、《死んだ》の?」
そう問うたとき、おそらく少女は初めて青年―“死神”の眼をしっかりと見た。
穏やかで、優しげで、包み込まれるかのような静かな海底のような、髪とおそろいの漆黒の眼。
いくつもの感情あふれ出た結果、空っぽになった心で見つめた青年の黒く深く優しい眼差しは、少女の心をやけにつかんで離さなかった。
自らを“死神”と称する青年から少女がもちかけられたのは、思いもしない提案だった。
死なずに済むのは、果たして少女にとって幸福なことなのか?
いっそ、ここで生を終わらせてしまった方が、楽なのではないか?
そんな思いが一瞬脳裏をよぎる。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
少女のそれは、絵に描いたように不幸な生だった。
少女はいわゆる、“妾の子”だった。
ただの妾ならば良かったのかもしれない。
しかし少女の母親は、珍しい瞳だからと見世物のように寵愛された異国の女だった。
そして、その瞳の色だけが、少女にも受け継がれた。
瞳の他に、母親の面影を残すところといえば、整った顔立ちくらいだった。
物心つく前に命を落とした母について、少女が知ることはほとんど何もなかった。
そんな母親に顔立ちが似ただけで済んでいれば、御家の繁栄のためとどこかの屋敷にでも嫁がされていたかもしれない。
そこで良い暮らしも出来たのかもしれない。
そもそも、蒼い瞳を恐れられ、気味悪がれ、虐げられて過ごすこともなかっただろう。
愛を知ることもできたのかもしれない。
しかし、少女の蒼い瞳をその目に映そうとする者など、ありはしなかった。
自分に眼差しを向けてくれる、そんな小さな幸せさえ、少女には無縁の長物だった。
一度でもその幸せを知っていたら、きっと死神と出会う前に、その生をもっと違った形で終わらせていただろう。
それほどまでに、少女は恵まれぬ存在だった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
『生きたいか?』と訊ねてくる死神の漆黒の眼の優しさに、少女は希望を見てしまった。
自分に眼差しを向けてくれるこの死神になら、愛されるのではないか。
そんな期待をしてしまった。
一度膨らんだ希望は、簡単にしぼんでくれるものではなかった。
自らの心に芽生えてしまった期待にせめて少しでもあらがおうと、少女は死神に訊ねる。
「なぜ、あなたは死神になることを、選んだの?
あなたが死神を、その仕事を始めた理由を、聞きたい」
「理由……か。そんなにたいそうなものじゃないよ。
僕を迎えに来た死神が何でだか僕に興味を持って、僕は死神にならないかというその申し出に希望を見たから受け入れた。
ただ、それだけのこと」
「そう」
死神の答えに少女は短く答え、再び問いかける。
「もし、私もあなたと同じ道をたどるのだとしたら、
その選択肢を私に与えたあなたは、いつかの未来で、このときをどんな風に思うかしら?
私が存在しつづけることを喜んでくれる?その眼差しを私に向け続けてくれる?
それとも、後悔する?つまらない女だと失望して興味をなくすかしら?」
漆黒の死神は、穏やかな微笑みを湛えて少女に答えた。
「きっときみは、僕の興味を引き続ける。
根拠はないのだけれど、そんな気がするよ」
そうして少女は死神になった。
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