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~少女と青年は昔に想いを馳せる~
ほの暗い店内。ちょうど心地いい音量で流れるジャズ。
扉を一枚挟んだ先に広がるレトロな石畳の通りには、午後の暖かな日差しが降り注ぎ、人々が歩みを交わしている。
昼過ぎの休憩にはもってこいの時間であるはずだが、そんな“外の世界”とは対称的に、店内は通りに面した喫茶店らしからぬ人気のなさである。
しわひとつない真っ白なシャツに、漆黒の髪色と揃いのフォーマルベスト。
“マスター”と呼ぶのにあまりにもふさわしい出で立ちをした青年がカウンターの中に立ち、手にしたケトルをゆっくりと傾ける。
青年の手元では、少しずつ注がれる湯に香ばしいコーヒーの香りが匂い立った。
カウンターの向かいには、まだ幼さの抜けきらない少女が座っている。
少女がまとうのは夜よりも深い黒のワンピースにフリルのついた真っ白なエプロン。
こちらは見るからに“店員”である。
「ふふっ」
不意に、カウンターで頬杖をついて誰にともなくコーヒーを入れる青年を眺めていた少女が笑いをこぼした。
その声がやけに響いて聞こえる。
「……――?」
カウンターの青年が、わずかに眉間へしわを寄せ、笑いをこぼした少女へもの問いたげに視線を送る。
「ふふっ。あなたの眼差しはいつもそうね。
コーヒーに嫉妬してしまいそう。
あなたをみていたらなんだか昔のことを、私がこの仕事を始めた理由を思い出してしまったわ」
青年はコーヒーを淹れる手を止めて、漆黒の眼で少女の蒼い瞳を見る。
「きみが、この仕事を始めた理由?
そんなものがあったのか。
ほんとうにきみは、僕の興味を引くのがうまいね」
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