恋の眼差し

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久しぶり。 嬉しいよ、僕のこと覚えてくれていたなんて。 てっきりもう忘れられていたと思っていたからさ。 だって、ほら、僕なんて吹奏楽部のなかでも目立たないほうだっただろ。 君と話をしたのも、数えるくらいしかなかったじゃない。 それにしても、こんなふうに会うのは10年ぶりだよね。高校を卒業して以来だもの。 二次会の幹事に指名してくれた奈良には感謝だな。 それと佐久間さんにも。彼女が君を幹事に指名してくれたわけだからね。 ところで、君は今、銀行員だったよね。 どうして知っているのかって? 佐久間さんが教えてくれたんだ。 それで? どんな仕事をしているの? へえ、窓口業務……だったらいろんなお客さんが来るでしょ。 わかるよ、大変だよね、客商売って。 あ、銀行員ってことは、もしかしてアレできたりする? お札を数えるときに、こう……円状に広げて…… うわぁ、やっぱりできるんだ。すごいな、さすが銀行員だ。 じゃあ、二次会の会費の管理を任せてしまってもいいかな。 うん、よろしく頼むよ。 ──僕の職業? 研究者だよ。 製薬会社に籍を置いて、薬の研究に励んでる。 ああ、知らなかったっけ。僕、大学は薬学部だったんだ。 それでそのまま研究職に進んだって感じ。 意外だって? まあ、自分でもそう思うよ。もともとは文系志望だったしね。 じゃあ、なんで薬学部に進んだのかって? それがさ、高校時代に好きだった女の子が「結婚するなら医者か弁護士か研究者がいい」って言っていたんだよね。で、そのなかでも、かろうじて僕でもなれそうな進路を選んだってわけ。 うん? 無鉄砲すぎるって? たしかにそうだったかも。 でも、自分で言うのもなんだけど、僕ってかなり真面目で一途だからさ。 「研究者になる」って決めたときも、どの分野に進むか真剣に考えたし、薬学部に進学してからは、それはもう熱心に勉学と研究に勤しんだよ。そのおかげで、今の会社に就職できたわけだけどね。 ところで君、さっきから頬が熱いよね。 もしかして心拍数もあがっていない? どうしてわかるのかって? 君が飲んでいたその紅茶にね──こっそり薬をいれておいたんだ。 その薬は、エンドルフィンをはじめとする恋愛と縁深いホルモンが放出されるように脳に働きかけるもので、たとえば脳の── って、今こんな話をするのは無粋だな。 せっかく君が「その気」になりはじめているのに。 ──そう、いわゆる「惚れ薬」みたいなものを、僕はひそかに研究し続けていてね。 その試薬一号を、君のティーカップにいれておいたんだ。 どう、気分は。 だいぶ高揚してきたでしょう? 隠すことはないよ。それくらいのことは君の目を見ればわかる。 さっきから瞳孔が開き気味で、まばゆいほどキラキラしているからね。 ああ、たまらない……嬉しいよ。 たくさん勉強して、たくさん研究して──その努力がこうして実ったんだ。 この瞬間のために、僕はこの仕事に就いたといっても過言ではない。 そう、君の視線を独り占めするためにね。 さあ、こっちにおいで。 たっぷり可愛がってあげるよ。 君のつややかな髪や上気した頬に、ずっとずっと触れてみたかったんだ。 でも、まずは恋する眼差しを僕に向けて。 その目に、僕だけを映して。
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