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しかし、だからこそ……自分は歌澄に愛されるわけにはいかない。
自分には、何も知らない彼女の、湯浅システムの三上京也だと知らない歌澄の好意を受ける資格はない。
自分は彼女に、恨まれなければいけない。
しかし、彼女を助けたい。
自らの行動が、力不足が、今の彼女の境遇を招いてしまった。
その償いをしたい。
「愛人になれ。もちろん、関係は極秘だ。言っておくが、お前に拒否権は無い。嫌なら会社を辞めてもらう」
そんな葛藤が、京也の口から、歌澄への脅しとなって放たれた。
「辞めると言ったら」
歌澄は怯むことなく、京也に向かってきた。それでこそ、彼女だ。
「好きにすればいい。それで、賠償できるのならばな。愛人になるなら、手当をやる。賠償金も全額払ってやる」
事情は全部知っているのだと告げた。過去も、現在も。
母親の敏子が、故郷で清掃の仕事をしていることも、最近は腰を痛めてその仕事ができないことも、調査済だ。
歌澄に選択権が無いことを、京也は知っていた。
その日初めて抱いた歌澄の身体は、どこまでも甘く、しなやかで、京也を溺れさせるには充分だった。
あの日から、二人の秘かな逢瀬は続いている。しかし、互いに唇を重ねることだけはしていない。二人は恋人ではなく、愛人なのだ。
歌澄が自分をどう思っているのか、確かめるのが怖い。今もまだ、あの好意を持っているのか、それとも疾うに幻滅され、嫌われているのか。
だから京也は、彼女の父公孝を失脚させたのは自分だと告げた。
これなら歌澄が、自分を嫌い、憎むのも当然だ。
しかし京也は、心の奥で微かな期待を抱き続ける。
いつか歌澄が、自分の過去に気付いた時、それでももし、好意を持っていてくれたら、その時には、俺から貴女に、恋人の証を。唇への、キスを。
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