アンビバレンスーいつか、唇にキスをー

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「三上君、この案件だけどね……金額、もう少し何とかならないかな」  ある日、植村にそう打診された。客先である関本工業が、価格を抑えて欲しいと言ってきたのだという。  それは、新規に導入するシステムのパッケージで、湯浅システムからは、かなりギリギリの金額で見積もりを出している。これ以上価格を抑えるなら、性能を諦めてハードを変更するくらいしか、方法が無い。保守の費用は削れないから、システムを搭載するパソコンの性能を、現在の業務用から、事務用か家庭用のスペックのものに下げることになる。  CPUを2ランク下げ、メモリを減らす。ビデオカードを外し、オンボードグラフィックに変更。その上で、システム起動用のSSDを外し、HDDをデータ保存用だけでなく、システム起動にも使用する。ここまで変更して初めて、相手方の……スネークスの植村が要望する価格になる。  しかしそれでは、システムの処理に機器が追いつかず、作業効率がかなり落ちる。それどころか、使い物になるのかどうかさえ、怪しい。一般的な事務用に使うなら充分なだが、導入するシステムを動かすには、スペック不足であることは明白だ。  品質を重視する関本公孝が、到底それを是とするようには思えなかった。 「取りあえず、それで見積りだけ出してよ」  そう言われた京也は、関本工業らしからぬ要望だと思いながらも、見積りだけならと了承した。  それが、あんな事件を引き起こすとは。  後に京也は、あの時抱いた違和感を見過ごしたことを、深く後悔した。
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