アンビバレンスーいつか、唇にキスをー

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 スネークスからも、共謀者として何人かの逮捕者が出た。しかし、最も関本工業と関係の深かったはずの植村は、事情を聞かれただけで終わったらしい。スネークスとの折衝を担当していたはずの菱田も、同じだった。  事件は、関本社長が本来のルートでは無く、個人的な知人であるスネークスの社員に高額な見積りと架空の発注を依頼していたとされ、植村と菱田は、むしろ被害者側だという扱いを受けていた。  裁判を傍聴した京也は、証拠品の一つを見て驚いた。  それは、京也が提出した見積書を元にしたと思われる、スネークスから関本工業に提出された見積書であった。  証拠の見積書は、スネークスが発行しており、そこには京也どころか関本工業の名も入っていなかった。スペック不足でシステムが動かない可能性がある旨を明記したはずだが、その記述も一切無かった。  ただ、内容は京也が出したものそのままで、金額もちょうど、スネークスの取り分と思われる額を上乗せした程度であった。  京也はすぐに、警察に事情を話した。  しかし直後に、植村から余計なことはするなと釘を刺され、菱田からは湯浅社長に対し、京也がこれ以上下手なことをしたら、導入しているシステムを全て解約すると脅しが入った。それを知って京也は、自ら辞職を申し出た。  一連の行動に、二人は自ら首謀者だと言っているようなものではないかと疑ったが、証拠は完璧で、崩せそうなところがない。それに、京也の見積書以外にも、スネークスから関本工業に出された見積書や発注書が数多く挙げられている。何度傍聴しても、どれだけ資料を読み込んでも、京也の見積書を除いても、公孝の容疑を裏付けるものしか出てこないのだ。  その上、京也の見積書については、植村が逮捕された同僚から頼まれたのだと、証言した。  民事裁判を起こした菱田には、有能だと噂の弁護士がついた反面、公孝の弁護を引き受ける弁護士は見つからず、ようやく見つけたのは、独立したばかりの、刑事事件の経験の浅い若い弁護士だった。親身になってはくれたが力不足は否めず、歌澄とその母敏子が無関係であることは立証できたものの、公孝は有罪となり、刑に服すと同時に、多額の損害賠償を請求されることになった。
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