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裁判を見届け、無力感に打ちのめされた京也の前に、学生時代の友人である森川耀太が現れた。
「三上、会社辞めたんだって。俺もなんだ」
「だからどうした」
妙に明るく絡む森川に、苛立ちを覚えた。
京也の辞職は自分から申し出たものであったが、社長の湯浅は、実質的には会社都合だからと、そう手続きをした。失業手当の支給を考えれば有り難いことだが、しかし同時に、口止めされたような気になった。それは京也にとって、湯浅に対して抱いていた信頼を裏切るものだ。
だから京也は、退職後、健康保険や年金の手続きは済ませたものの、失業手当の手続きは何もせず、それまでは趣味程度にしていたデイトレードで稼いでいた。
「俺とお前で、会社作らねえか?」
「断る。気が乗らない」
京也は、森川の誘いを瞬殺した。森川とならできるとは思った。しかし、今の自分には会社を立ち上げることなど、出来そうに無かったのだ。
「だからだ。関本工業の件だろ」
「何故、知っている」
京也は、自分の事情を知っている森川に驚いた。就職してからは、互いの仕事の話など、ほとんどしていない。ましてや取引先に関わることは、何が守秘義務に触れるかわからないから、酒の席でも話さないように心掛けていた。
「俺も同じだ。取引先にスネークスがあって、巻き込まれたんだ。だから裁判所でお前を見かけて驚いた。まあ、俺はお前と違って、歌澄嬢に現を抜かしたりはしてないけどな」
「なんだと、」
裁判の傍聴はともかく、歌澄のことは誰にも話していないはずだった。
「歌澄嬢が証言台に立った時だけ、お前の目が違ってたからな。バレバレだよ。歌澄嬢を守れなかったこと、後悔してるんじゃねえのか」
「お前に、何が分かる」
いかにも知った風なことを言う森川に、益々苛立ちが募る。
「誰かを守りたかったら、まずは自分自身を守れなきゃ、共倒れになるぞ。自力で自分を守れて初めて、他人を助ける余力が生まれるんだ」
その言葉に、京也は目を見開いた。しかし、素直にはなれず、悪態を吐く。
「随分と立派なことを言うな」
「師匠の受け売りだ。だが、悪くないだろ。お前と俺で会社を作って、奴らを見返すっていうのは、どうだ」
そこで初めて、森川が空手だか拳法だか、何かの武道を習っていたことを思い出した。おそらく、その武道の考えなのだろう。
それに、彼らを見返せる程の会社になれば、今回の真実を暴く機会が訪れるかもしれない。そのためなら、仮にデイトレードで稼いだ金はもちろん、今までの貯金全てを費やしても、惜しくはない。
学生時代から、森川の知識と技術には一目置いていたし、彼と仕事をして、失敗する未来など想像できなかった。
「仕方無いな。お前がそこまで言うなら、協力してやる」
「そうこなくちゃ」
京也が恩着せがましく言うと、森川は嬉しそうにガッツポーズを見せた。
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