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そうして二人は、株式会社ケルスを立ち上げた。
京也は森川に、関本工業のような事件を防ぐために何ができるかを相談した。
その結果、社内の情報共有を、効率化かつ透明化するシステムを作れないか検討し、形にした。最初は、パッケージシステムのみであったが、徐々に顧客が増えるに従い、カスタマイズシステムの開発に至った。
後にそれは、SNSサービスの開発にも繋がり、ケルスと社長である京也の名を、全国に知らしめることになる。
法人化した際、当初京也は、森川が社長になるべきだと言った。
しかし森川は、技術者としては叩き上げで優秀だが、営業は苦手だった。一方の京也は、技術者としては森川に一歩譲るものの、セールスエンジニアの経験が、営業力を磨いていたし、何よりデイトレードには経営者としての視点も必要になるから、既にその視野を持っている京也が社長になる方が自然だ。
そのため京也が社長を務め、社内の取りまとめや技術主任としての副社長に森川が就くことになった。
折しもその頃、京也の母方の祖父の病が分かり、相続税対策として、京也が祖父の養子になったため、千川の姓を名乗ることになった。
それから六年。京也と森川の二人で始めたケルスは、今や多くの従業員を抱え、メガベンチャー企業の仲間入りを果たした。
そんな時であった。
秘かに、歌澄の動向を探らせていた京也の元に、彼女が関本工業の事件を理由に、派遣社員として三年勤めた会社への正社員登用を断られたという情報が舞い込んだのだ。
京也はすぐに、自社の事務員の欠員を調べた。ちょうど、営業1課の事務職の女性が、妊娠が分かって交際相手と結婚したものの、切迫流産のため入院中であることがわかった。急なことであったため後任は決まっておらず、何とか他の事務員達で、その業務を分担していた。
京也は、営業1課の課長である坂咲希海を呼び出した。
「坂咲、頼みがある」
希海は、京也や森川と同じ大学の後輩である。新卒で就職した会社でセクハラに遭い、役員に手を挙げたため、解雇されたという。そこへ森川が、ケルスの営業に誘ったのだ。
だから京也や森川とは、気心が知れた仲であった。
欠員が出たのが、希海の営業1課であるのは、幸いだった。
「頼み、ですか」
希海は怪訝な顔をした。言葉遣いこそ敬語だが、彼女は京也や森川の前で、取り繕うということをしない。だからこそ京也は、希海を信頼している。
「この派遣会社の、津崎歌澄という女性を、営業事務に入れて欲しい」
「どなたですか、この方」
「俺の人生で、唯一の後悔」
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