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アンビバレンスーいつか、唇にキスをー
「歌澄……」
激しい情事の果てに、疲れ果て意識を失った自身の秘書を見つめ、千川京也は、その長い髪を撫でる。
一房、掬い上げると、そっと口付けた。
彼女を、傷付けたいわけではない
ただ、彼女の全てが愛おしくて仕方ない
こうして身体を重ねる度、彼女の全てを貪ってしまう
愛を交わし、彼女の全てを慈しみたい
彼女に、恨まれなければいけない
許しを請い、共に並んで歩きたい
けれども、決して許されてはいけない
相反する想いが、心の中を交錯する。
気がつけば、弱みに付け込み、権力と金の力で縛り付け、愛人にしていた。
京也自身、こんな関係を望んでいたはずではなかったのに。
京也が、津崎歌澄と初めて出会ったのは、彼女がまだ、関本という姓を名乗っていた頃であった。
その頃の京也もまた、三上という姓を名乗り、新卒で入った湯浅システム株式会社で、セールスエンジニアをしていた。
湯浅システムの元請けである、株式会社スネークスの取引先が、彼女の父公孝が経営する、関本工業株式会社だった。
関本工業は、元は小さな町工場だったが、画期的な技術が評価され、徐々に大きくなった会社だった。だから、町工場だった頃の名残で、社長の妻つまり歌澄の母である敏子と娘の歌澄も、事務を手伝っていた。
その頃の京也は、歌澄と言葉を交わしたことは、ほとんど無かった。システムの保守で訪れる度に、茶を出してもらう程度。それ以上の接点は、持ちようがなかったのだ。
初めて見た時から、綺麗な人だと思った。
多分、一目惚れだったのだろう。
京也は、関本工業との仕事に力を入れ、スネークスの、植村からの信頼も得た。
しかし、それが仇になった。
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