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深夜
遠くで見知らぬ街の喧騒が聞こえた気がした。
冬の夜はいやに遠くの音が届く。
空気の温度差によるものだと、昔在籍していた工員に聞いたことがあるが、聞きたくないものまで聞こえてくるような気がして、アリヤは落ち着かなかった。
夜が更けても眠れないのは、アリヤにとって初めてのことだった。
手放したいのに離れていこうとしない意識が、脳内に何度も再生するのは、数時間前の食堂室の再現映像だった。
ハンナさんの前では、自分の瞳がひどく作りもののように思えてならなかった。
往時は用具室だった場所を清潔に掃除し、マットレスを運び込んだだけの居室で、アリヤは身体を横たえていた。
こうして次の日を待つのは、自分の修繕が終わったその日から今日までずっと続いてきたことだ。
修繕が完了するまでは作業場の片隅に寝かされていたのが、空き部屋を充てがわれ、俄かに人間扱いされるようになった。
「おまえはここに残りなさい。もとの家には言っておいてあげるから。おまえもわたしも、もう戻れない者どうしうまくやれると思うわ」
ずっと昔にかけられたその言葉を、今の今まで忘れていたことにアリヤは気が付いた。
アリヤが壊れたことで、大量生産された一人息子を迎え表面上はうまくやってきた家庭は崩壊した。
ひとりで生きていくだけの技量も精神もない中で放置され、路上をさまよい歩くアリヤを救い上げてくれたのは、工場長にほかならなかった。
自分自身を保守することすらままならなかったそのころのアリヤには、子供を修繕する技術というものが、職人という神にも近い存在が──、他者に対し外から介入しても揺らがない強さの証に見えた。
それらに対する憧れ、を自覚したときアリヤは自分がすでに修復されたことに気付き、からっぽだった自らの奥底にぬくもりを感じた。
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