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好きなものを好きと言えない状態に陥れられた子供もいた。
素直に好きだと言葉にしたことで、主導権を握っていた悪意ある大人に取り上げられる日々が続き、本心を表明できなくなったのだ。
そのことを、修繕が終わる間際に打ち明けられたアリヤは、これまで塗り重ねられてきた地獄のような状況を想像し、気分が悪くなった。
「これ好き?」
「うん! 大好き!」
「あっそ、じゃあ没収ね。ざまぁみやがれ」
子供だから、なにも知らないから、小さなことを全力で喜び、幸せの沸点が低い。
そのようなあどけなさを愛おしむどころか、反対に癪に障る大人は少なくないのだと、アリヤは壊れた子供を通じて知ることになった。
迎え入れた子供に対する責任の重さによって、子供がいない時代には何者でもなかった大人たちが家族として結託し、成熟する。──そんなのは綺麗事だ。
子供の大量生産のち出荷で形づくられるこの社会は、理想のままとはいかない。機械仕掛けの玩具にも等しい扱いを受ける子供が、現実にはあふれている。
思っているよりも、子供の耐久性は小さい。
ちょっと押したぐらいではびくともしないように見える、命が板についてきた年頃の子供でも、ほんの少しの棘が精神を壊滅させることもある。
日々差し迫った生活で余裕のない大人にはそのことがなかなか思い当たらないし、一晩寝て明日になればどうせ忘れているだろうと高を括ってしまう。
傷は傷のまま、人目の届かない内部で徐々に存在感を増していき、ゆるやかながら心身を爛れさせていくというのに。
そのような傷ついた子供の手を引いてきて、強制的に直してやることのなにが悪いのか。
私と工場長が続けてきた「修繕」を、厳しい現実を見ようともしない外の人間に糾弾される謂れはない。
アリヤは口を固く結んで身じろぎもせず、静かに心を決めた。だれも気付きようのない、小さくて平凡な、激情だった。
通路の下では、変わらず工場長が無心になって舞い踊っていた。
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