三日前

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三日前

 ここに搬入されてくる子供はみな、少しうつむいている。  それは三日前も同じだった。 「おまえ、名前はなんというの」 「ほら、名前をお言いよ。工場長は別にこわくなんかないよ」  工場長が再度尋ねても、隣で勇気づけようとアリヤが促しても、縮こまった六歳の少年が口を開き、なにかを言おうとする気配はなかった。  暖炉のぱちぱちという音だけが工場長室に響いた。  順調に修繕が進んでいる子供の何人かに、体力増強を兼ねて割らせた(まき)は、残量に当面の余裕がある――。  アリヤは束の間、目の前の新入りから意識を剥がして、場内の暖房に用いる薪の運用状況を頭の中で確認した。  工場長もアリヤも、初めて顔を合わせた子供の面接場面で訪れる沈黙には慣れきっていた。共に気を揉む様子はなく、あたためられた空気の層の中で時だけが過ぎていく。  入ってきたときには冷え切っていた子供の身体に、刻一刻と暖気が染み入っていくのがわかる。 「修繕の日程は明日調整するわ。アリヤ、あとは頼みましたよ」  やがて室内の平衡が保たれたころ、三人で作り出した静謐を打ち破るように工場長が平淡に言うと、アリヤは小さい背中に手のひらを添えて、工場長室の外の通路へと誘導した。  暖炉の熱が乗り移ったかのように火照(ほて)った子供の体温が、じわりアリヤの手に伝わってきた。  大雪で子供の輸送が遅れたこともあり、消灯した工場内はすでに夜の闇に沈んでいた。  屋外は(くも)っているらしく、等間隔に(しつら)えられた明かり取り窓からも、光は入ってこなかった。  アリヤは物言わぬ子供と、作業場ホールを見下ろす吹き抜けに接した無機質な二階通路を、カンテラの灯りで照らしながら進んだ。  通路の最奥にある工場長室が背中に遠くなると、屋根裏の廃クレーンや巨大なパイプが錆びついているのが時折、灯りの反射でちらついた。
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