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「よその工場に、つぎつぎ査察が入ってるって聞いてるかい?」  湯気の立つスープをお盆に載せて運んできたハンナさんから問われ、アリヤは戸惑った。  子供たちに夕食を取らせてから片付けを監督し、各部屋へと解散させ、自分も空腹を満たそうと食堂室に戻って間もなくのことだった。  今日のメインディッシュはローストチキンで、そこに添えられた野菜にはぎこちないながらも飾り切りが施されている。  作業時間に調理技術を教わっている子供の習作だが、ここ数日でずいぶんと見違えた。 「あの子も包丁捌きがうまくなったもんだ。もうじき完了なんだろうね」と、スープをアリヤの前に配膳したハンナさんが、独り言なのかそうではないのか判断が難しい声色でつぶやいた。  ハンナさんは以前、工場内の食堂で従事していた炊事婦で、この廃工場の変遷をよく知っている。 「査察って、なにを見られるんです?」 「そりゃあ業務内容とか契約が、法に反していないかじゃないかねえ」 「業務は子供の修繕ですから、この社会になくてはならないものです。だけど契約というのは……」 「子供をどこから、どのような合意を取り付けて連れてきているかってことだよ」  どこから、という言葉を耳にした瞬間アリヤは、自分の胸が内側から殴打された錯覚に陥った。痛みを発するのは身体の中なのに、そのきっかけはいつも外からだった。  いつも絶やさず浮かべてきた笑みが、まるで最初から負担であったのだと訴えてくるかのような筋肉の引き()りを顔面に感じる。 「あたしゃ前から気になってたんだけど、ここで修復した子供はみんな、もとの家庭には戻らないだろう。工場長の斡旋(あっせん)で、手に付けた職に見合う場所へと働きに出て行くんだ」
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