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 それはそうだ。アリヤの脳裏に、日々送り出してきた子供たちの顔が浮かんでは消えていった。  初めて出迎えたときにはムラのない一色だけだった瞳が、工場長の修繕を経て、絶えず波打つようになったのを満足して眺める。  これから社会で活躍するであろう後輩の出立に、誇らしい気持ちにさせられる。  旧工員通用口で握手を交わすあの瞬間は、アリヤにとって大事なひとときだった。子供にとってもそうであればいいなと、アリヤは思う。 「こんなことをあんたに聞くのは酷かもしれないけどさ、」  ハンナさんは一度、言葉を摘んだ。  ふたりきりでいるにしては広すぎる食堂室の、炊事場に通じる出入口にほど近いテーブルで、アリヤとハンナさんの眼が合った。  ハンナさんの瞳は、濁っている部分と澄んでいる部分が共存していて、その奥の人間の複雑さを思わせた。 「あんた、親はどうしたんだい?」 「私は……私の親は……工場長です。もちろん生産されたのは別の場所ですが、今の私にとって、親と呼べるのは工場長ただひとりです」  つかえつかえであることを見透かされないよう、努めてゆるやかに話した。  自分の瞳が一面単色になったような心地がして、アリヤはその平坦なままの視線をハンナさんに投げた。  言葉の額面以上はなにも発さないし、なにも受け付けないような眼差しに、ハンナさんは目を小さく逸らした。 「まぁ、あんたにこんなこと聞いてもしょうがないよね。今の話、工場長には言うんじゃないよ」  軽くそう言い捨てると、「さて、鍋でも洗うかね」とハンナさんは炊事場へと戻っていった。
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