手向けの化粧ず

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 絶望的な気持ちでベッドに倒れ込んだ。これで、あの会長の記憶にしばらく付き合わなければならない。  千尋さんに惹かれた理由の一つが、これだった。  彼女の書く評伝は、彼女とは面識のない相手のものばかりだったが、読んだ人は必ずと言っていいほど、ライターが故人と面識があったのだろうと誤解してしまうのだ。  かつて私は、彼女も自分の同類なのかも知れないと疑っていた。しかし、彼女とやり取りするうち、自分とは違う「普通の人」だと確信するようになっていった。  それでも、もしかしたら、と淡い期待を抱き、ずるずるとこの仕事を続けていたのだ。 ――何だか怖い――  昨日、依頼人の一人である末の孫娘がこぼした言葉を思い出した。その瞬間、自分の中で、何かがふつりと切れてしまった。  今回の仕事が終わったら、このバイトを辞めよう。そう心に誓った。
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