手向けの化粧ず

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 このバイトを始めるきっかけになったのは、とある雑誌で見かけた千尋さんの評伝だ。ほんの短いものではあったけれど、着実な取材と、確かな文章力に裏打ちされた素晴らしいものだった。  ただ一つ、難点を挙げるとしたら、それは「故人を美しく描きすぎている」こと。  生きている人間の中で、何の汚点もない「聖人君子」など、そうそういるはずがない。けれども、彼女が描く故人たちは、どこか綺麗で、美しくすら感じられるのだ。最初に読んだ時こそ胸を打たれたが、インターネットや新聞記事などで、彼女のものらしい評伝記事を見かけるごとに、ただの提灯記事にしか見えなくなっていった。  それなのに、彼女の記事には、どこか人に「読ませてしまう」魔力のようなものがあったのだ。  そんなある日、文筆関係専門の求人掲示板で、彼女がアシスタントを募集しているのを見掛け、気づいた時には、問い合わせ先の番号に電話を掛けていた。  彼女が、どんな風に取材をして、どんな風に文章に仕立てるのか、純粋に興味があった。それを突き止めたらすぐ辞めるつもりだったのに、気づいたら、もう2年も続けているのだから、人の気持ちというのは分からないものだ。
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