手向けの化粧ず

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「はああ……」  面談場所から少し離れた場所にある喫茶店に入って席に着いた途端、思わず溜め息を吐いてしまった。ホットココアを頼んで、先ほどの聞き取り内容を整理する。すぐに事務所に戻っても良かったが、何となく、いったん休憩したかった。先ほどの母娘の応酬にエネルギーを吸い取られてしまったのかも知れない。  しばらくすると、空いていた隣の席に、後から入ってきたらしい客が座った。何の気なしにちらりと見ると、先ほどのクライアントの、末の娘だった。 「あ……」  思わず声に出してしまった。すると、向こうもこちらに気が付いて、小さく会釈する。気まずい沈黙が続いた。  しばらくした頃、末娘が口を開いた。 「あの……。先ほどは、母と姉が、失礼を……」  あの母娘とは似ても似つかない、低く落ち着いた声で、少しおどおどした話し方だった。慌てて首と手を高速で振りながら応える。 「いいえ。とんでもないです」  少し探るようにこちらをじっと見た後、その女性はぼそぼそと言った。 「あの2人、昔からああなんです。いつも自分たちが世界の中心、というか。話を盛ったり、必要以上に騒いで事を大事にしたりなんて、日常茶飯事ですし」 「はあ……」 「今回のことも、大げさ、というか、なんというか……。自分たちが、愛する偉大な祖父を亡くした可哀そうな人たち、っていうシナリオのドラマを演じたいだけなんですよ。祖父が寝たきりになった時も、面倒なことは全部私に押し付けて、自分たちは……」  それきり黙ってしまった。  予想通り、かなり面倒なクライアントのようだ。さっさと退散した方がいいかも知れない。そう思っていると、再び女性が口を開く。 「評伝なんて……。何だか、祖父が実際以上に美化されて、自分たちの記憶まで捻じ曲げられそうで、何だか怖い」  何も言えなかった。実際、自分もそう思いながら、この仕事をしているのだ。何と言ったらいいのか迷っている間に、仕事用のスマホが鳴った。 「すみません。千尋から電話が」  これ幸いとばかりに私は店を後にした。
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