手向けの化粧ず

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 ちょうど地下鉄の出改札を出たところで、仕事用のスマホが鳴った。画面に目をやると、見慣れぬ番号が表示されている。恐らく新規の依頼だろう。私はいつも通りの手順でロックを解除し、応答ボタンをスワイプした。 「はい。草蔭(そういん)社です。……ご依頼ですか?」  電話の相手は、少し高圧的な口調の女性だった。いつも通り、対面での聞き取りのため、面会の日程を決める。必要な書類や情報などを手早く説明し、電話を切る。 ――今回のクライアントは、ちょっとうるさそうだな――  最近では珍しい、個人の依頼らしかった。メモを整理して書き直した後、再びスマホを手に取り、電話を掛ける。  数コールの後、電話口から声がした。 「もしもし。千尋です」  「上司」の声だ。 「お疲れ様です。傳馬(でんま)です。お仕事のご依頼がありました。個人の方です」  相手は、そう、と返事をすると、今日中に事務所へ顔を出すように、とだけ言って電話を切った。私はスマホを仕舞い、いつものように彼女の事務所へ向かった。
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