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対局の朝
遂に女流皇座戦第三局の朝を迎えた。迎え撃つ鎌田女流皇座は着物に着替え、開始直前時刻を今か今かと待っていた。
タイトル戦は普段将棋会館で行われる午前10:00より1時間早い午前9:00より開始される。現在は8:30頃であり、早く対局室に行きたいという気持ちはあるが、この時刻だとまだ関係者も慌ただしく、また挑戦者である伊原聡子女流三段も対局室まで来ていないからだ。
特に規定があるわけではないが。ある種の慣例として挑戦者が先に対局室に来て、タイトル保持者が後から入室するというのがある。
そんな鎌田が対局室への入室をうかがっている中、一輝は朝早く天馬のアパートに来て、一緒にパソコンを眺めていた。
「一輝、もうすぐ鎌田さんのタイトル戦が始まるぞ」
「ああ、だけど確かこの中継って音声もないし、感想戦の様子も流さないんだろう」
「まあな、だけどたまたま日曜日がタイトル戦になったんだし見届けてやりたいと思ってな」
「そう言いながらこの机に将棋盤を置いているのも検討する為なんだろう」
一輝より天馬が机の上に将棋盤を置いている事を指摘されると天馬は答える。
「そりゃあ将棋中継を見ながら検討するのはプロ棋士の本能みたいなもんだしな」
「そう言えば天馬、村田君にも連絡したらしいけど来るのか?」
「何か曖昧な感じで返事してたけどな」
「そうか……」
村田は先日の鎌田から激怒された事もあり鎌田の対局を一輝達と共に見る事に不安を感じて曖昧な返事になったのではないかと一輝達は考えている中、配信動画に動きがあり、それを目にした。
「あ、見ろ一輝、伊原さんの入室が映ったぞ」
「本当だ……」
「どうした一輝?やっぱり師匠の諸見里先生の立会人と小夜ちゃんの記録係を見るのはさすがに恥ずかしいか?」
「べ、別にそんな事はないよ、ただ師匠はプライベートで酔ってやらかしているしヒヤヒヤはするけどね」
「ああ、あの時か、お前も大変だな……」
「ただいくら日曜日のタイトル戦だからって小夜ちゃんがまさか記録係を引き受けたのは意外だったな」
「そうか?昔からタイトルを取る事は目標だし、あの2人の将棋を間近で見れる機会なんてそうそうないだろうからな」
「それが、この間の指導対局の時に小学生の質問に大学進学も視野にあるって言ってたんだ」
「まあ、それは珍しい事じゃないし、勉強と将棋をうまく両立しているんだろう」
もちろん一輝は小夜が高校卒業までにタイトル獲得できなければ女流棋士の引退をする事をまだ知らないが、なんとも言えない不安を感じていた。
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