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色んな道
小夜は自分が高校卒業までに女流タイトルの獲得がならなかった場合、女流棋士を辞めて大学に進学する事になるという師匠の種田九段、将棋連盟の佐渡会長にしか話していない事情を松浦女流六段に打ち明けた。
その話を聞いて松浦が話し始める。
「さすがに私も親御さんがこのような条件を突きつけた例は初めてだし、何て言えば正解かは分からないけど、あなたはそれを承知で女流棋士になる為に研修会に入ったのよね」
「はい、だけど、それ以外女流棋士になる方法がありませんでしたから」
「種田先生も承知だったわけだし、でも今回は記録係の件でお母様とケンカになったわけね」
「最終的には折れてくれましたが……」
小夜の折れてくれた発言を聞いた松浦は小夜の表情を見て言い放つ。
「折れてくれた、でもそれは記録係をとりあえずするってだけで、あなた自身の状況は何1つ変わっていないわよね」
「……、結局タイトルを取れなければ私が女流棋士を引退すのは変わらないし、だから少しでも強くなるにはこの方がいいと思ったんですけど……」
「牧野さん、あなたの年でリーグ入りできること自体も本当はすごい事のはずだし、もしこの約束がなければ高校卒業以降ならタイトルをとれてもおかしくないと私は思うわ、でも……」
「もう時間がないし、それがとても苦しくて……」
苦しいという言葉を聞いて、松浦は更に小夜に質問をする。
「牧野さん、苦しいのはタイトルを取れない事、それともお母様に理解が得られない事?」
「両方です、タイトルを取れないのは明らかな力不足ですし、女流棋士になる事もかなり無理を言った事も自覚しています、自覚していたはずなのに……」
「ずっと将棋界だけで生きてきた私が言っていい事か分からないけど、人生って色々な道があると思うの」
「色々な道ですか?」
「ええ、まだあなたは若いし、将棋の才にも恵まれているから想像つきにくいでしょうけど、女流棋士を辞めても別の道で成功していった後輩もいるし、必ずしも今どちらかをではないと思うの」
必ずしも女流棋士の道にこだわる必要はない、その言葉を反芻しながら小夜は少し考え、改めて自らの考えを口にする。
「ありがとうございます、だけどまだ将棋のタイトルはあきらめたくないので、それに向かっていきたいと思います」
「そう、まあそれもあなたの人生ね」
「その先はダメだったらまた考えます、今日はいろいろありがとうございました」
「ええ、記録係、少しでも自分の為になるようにね」
いろんな苦しさや辛さは襲うが、ひとまず小夜は少しでもタイトルに近づく事を考え気持ち新たに動き出す。
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