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誓い
アンゴラのマフラー事件から、数日後、第2の事件が起きた。
「確かに、置いてあったのよね」
「ホント? いつの間にか食べちゃったんじゃないの、ママ」
「失礼な子ねぇ。離れていたのは、ほんの5分くらいなのよ?」
食事の時間になるので食堂へ行くと、姫様と彼女の母上が深刻な顔をしている。どうやら、テーブルの上にあった菓子が無くなったというのだ。
「うーん……」
件のテーブルの近くで立ち止まった俺に、姫様がチラリと視線を送る。また疑われたのかと、思わずブンブンと首を振れば、彼女は苦笑いで頷いた。
屋敷内で、何かが無くなる事件は、その後も度々起こった。
大抵は、テーブルの上に出しっ放しになっていた菓子や果物だったが、時々変わったものも室内から消えた。例えば、洗い立ての母君の毛糸の靴下や、姫様の残り香が付いたハンドタオルだ。
「泥棒かしら」
購入したばかりのフカフカのクッションが、3個から2個に減った時、姫様がついに外部からの侵入者の存在を疑った。優しくも臆病な気質の彼女にしては、思い切った結論だ。つまりは、薄々察してはいたものの、恐怖の余り認めたくなかったのだろう。
「ナイト、貴方、怪しい人を見なかった?」
俺が食事を終えるのを待って、彼女は問いかけてきた。
「残念ながら」
口元を拭い姿勢を正すと、椅子に座る彼女を真っ直ぐに見上げる。
「そうよねぇ。一体、どんな犯人なのかしら」
「姫様。一応、ホシの目処は付いてるんですがね」
巧妙なことに、侵入者は、俺が別の持ち場に詰めている時を狙って、食堂に忍び込んでいるようだ。もしくは、夜間。睡眠の隙を突いて、大胆な犯行に及んでいる。
「もし見つけたら――ただではおかないんだけど」
「分かりました。俺が、必ずや引っ捕らえて、御前にお連れしましょう」
俺は、彼女の足元にひれ伏すと、固く誓った。
今から5年前の夏のことだ。
まだ若造だった俺は、当時縄張りにしていた繁華街で抗争に巻き込まれ、瀕死の状態で河原まで逃げた。浅瀬で、しこたま水を飲み、砂利の上にひっくり返った。見上げた星空が白み、徐々に空に色が付いていくのを眺めながら、ここで太陽に焼かれて干からびるのも悪くねぇなぁ……なんて呟いた。傷口から流れる体液が、川面を渡る生温い風に乾いていく。痛みはとうに麻痺している。ああ、眠い。サラサラと聞こえる水音が心地良い。このまま……眠れば、きょうだいや母ちゃんに会えるだろうか……。
ギギギィーッ!
閉じた瞼の向こうから、耳障りな金属音が響いた。地獄の門が開く音ってのは、こんな感じなのかもな――。
「ねぇ……起きて、死んじゃダメ!」
凛と済んだ女性の声がして、ふわあっと身体か浮いた。これは天使……それとも女神の仕業か? おいおい……こんな俺でも、天国に行けるっていうのかよ?
なんて虚ろに考えたのが、最後。
次に視界が捕らえた風景に、俺は呆然とした。薬臭い白い部屋の中で、手足をベッドに固定され、腕にチューブが刺さっている。身体のあちこちがズキズキ痛む。
結論として、俺は一命を取り留めた。あの早朝、河原に星を観に来ていた姫様に拾われて、病院で手当てを受けた。額に付いた傷痕は残ったが、腹の縫合痕は胸毛に隠れて目立たなくなった。
退院できるまでに回復すると、姫様は俺を城に迎え入れてくれた。どこの馬の骨とも分からぬ、こんな俺を。
「夜に見つけたから、貴方の名前はナイト。毛色も黒っぽいし、ね?」
あの日、俺は姫様の笑顔に惚れた。この恩義は、一生忘れない。彼女に救われた命なんだ、捧げて散るなら本望だ。それが俺が彼女に出来る唯一の誓いなんだから。
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