非情

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非情

「もう逃げ場はねぇぞ。観念しろよ」  全身灰色の盗っ人は、果敢に抵抗をみせ、刃を交えたが――2階の廊下の奥まで追い詰められると、血に塗れた両腕をダラリと下げて降参の体になった。 「ガキ共が、腹空かせてんだ……見逃してくれっ!」  激しく肩で息をしているのは、疲労と緊張のためだろう。体力に余裕のある俺は、ジリ……と間合いを詰め、プレッシャーをかける。 「フン……そんなこと知るかよ」 「頼む! 明日の夜には、荷物を纏めて、アジトを出ていく!」  繁華街の路地裏にたむろしていた頃、この手のゴロツキは掃いて捨てるほどいた。人のものをくすねては誤魔化し、その場限りの言い訳を吐いては、同じ犯罪を繰り返した。かく言う俺自身、そんなグズみたいなヤツらと変わらないろくでもない生き方をしていた。  だから分かる。コイツの言葉は信用ならねぇ、ってな。 「テメェが盗んだモンがあるだろう。マフラーとかクッションがよ? 返してもらおうか」  ギリ、と歯を食いしばったあと項垂れて、ヤツは縋るような上目遣いで、情に訴えてきた。 「後生だから……あれがねぇと、ガキ共が凍えちまう……」 「知るかよ。姫様のモンに手ぇ出しやがって」  盗んだものが取り返せないなら、今すぐ切り裂いてやるんだがなぁ。凶暴な衝動を抑え込みながら、しかし自分の瞳がランランと輝くのは止められない。 「グッ……返せば……見逃してくれるか?」  俺の本気に気圧されたか、男は力無く聞き返す。チッ。グタグタうるせぇ。 「そうさなぁ……まずは、テメェのアジトに案内しろ。妙な真似すりゃ、即、薄汚ぇ首と胴体を切り離してやる」  ニヤリと凄めば、ヤツはビクリと震え、コクコクと無言で頷いた。  俺はヤツの首根っこを掴んだまま、アジトまで先導させた。  勝手口から抜け出して、月明かりが淡く降る深夜、冷えた夜気の中を音もなく進む。城の住人達は寝静まり、屋内の死闘は床に痕跡を残すのみ。気付く者はまだいない。  やがて、城の中庭の奥にたどり着いた。外壁と桜の木の間のレンガの影に、ポッカリと丸い穴があった。刈り込まれていない芝生に隠れて、こんなところにねぐらを作られていたとは――迂闊だった。 「と……父ちゃんっ!!」 「馬鹿野郎、顔を出すんじゃねぇ!」  顎が尖り頰の痩けた少年が、アジトからひょこっと頭を出す。灰色の男は鋭く叫んだが、その喉元に俺は短剣を突き立てる。 「グゥッ!」 「父ちゃんっ! 止めろぉ!」  ツッ……と赤い糸が一筋が流れる。少年は堪らずにヒョイとアジトから飛び出した。震える両手が拳の形になっている。その後から後から、小さな頭が飛び出してくる。男は、子ども達に向かって、微かに頭を横に振った。切っ先が触れ、喉にもう一筋、赤い糸が垂れた。
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