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若者
キャシーが町を出て行って一週間が経った。
「こんな田舎でウエイトレスをやるぐらいなら、アマゾンの物流センターででも働くわ」
ジョナの店でキャスはそう言い、ヘンリー・マッケンナのショットをぐっと空けた。
「そんな事言って、当てはあるのかい。知り合いがいるとか」
「何とかなるわ。大学の友達もいるし。私は若いんだから」
ぼくはジョナの顔を見た。ジョナは肩をすくめてみせた。
こういった事はこの町では頻繁に起こる。若者はいつだって田舎が嫌いなのだ。田舎の生活というものが自分を腐らせてしまうのだと本気で思っている。
実際に人がその人生を腐らせるのは、ぼくのようにその無根拠な何らかの確信で突き進んで後方を省みなかった時で、ここで重要な事は、人生はやり直しがきかない、という事実だ。
「確かに君は若くて魅力的で、頭も良い女の子だけど、都会には君みたいな子がわんさか居るんだぜ?」
キャスはぼくを鼻で嗤った。
「ケイン、貴方こそ日本人なのに、こんなアメリカの田舎町に来てどう思うの?」
「ここは素晴らしい所だよ。ぼくはここが好きだ」
「話にならない。貴方何も知らないのよ、この町のこと。ここで起こってきたこと」
それはそうだ。僕は遥か極東のよく分からない国から来た黄色人種だった。
そしてキャスは、元から説得を受ける為にこの店に来たのではなかった。皆に背中を押してもらいに来たのだ。だから止めた所で聞きはしない。
少し考え、ぼくは泡の無くなったビールを口に放り込んでから、ひとつ頷いた。芝居めいた動作で。
「オーケー。キャス、行って来い。チャレンジする権利は誰にだってある。それを忘れていたよ」
「ケイン」
「その代わり、期限を決めよう。一年外で暮らしてみて、駄目だと思ったら帰っておいで」
「それがいいだろうな」ジョナが付け加えた。「この店も人手が足りないから、雇ってやるよ」
キャシーは漸く聞きたい言葉を聞けて、笑顔で頷いた。どうせ皆、出て行ってしまうのだ。居なくなってしまう場所なのだ。
「ぼくが奢ろう。ジョナ」
ぼくが指さすと、空になったキャスのショットグラスにジョナがヘンリー・マッケンナを注いだ。
「あたしの未来に」
「君の未来に」
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