千夏 ⑤

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休み明けは仕事に行く前に、いつもより戸締まりをきちんと確認して家を出た。 仔猫ではないので大丈夫な気もするが、家の中でずっと独りぼっちにしておくのも心配だ。 今日は早く帰ろう。 朝からそんなことを思いながら、仕事に向かう。 バックルームに入ると、萌ちゃんは先に来ていた。 「あっ、萌ちゃん。もう大丈夫なの?」 私がそう聞くと、萌ちゃんはうなずいたものの、元気がない。 顔色もあまり良くないように見える。 私は座っている彼女と向かい合って、自分も近くにあった椅子に座った。 「ちーちゃん、私病院行ってきたんだけど、妊娠してた」 萌ちゃんは弱々しい声で私に告げる。 「えっ、妊娠?」 「うん、もしかして・・って思ったらやっぱりそうだった。今、もうすぐ三ヶ月に入るところだって」 「そっか。おめでとう」 私がそう言っても、萌ちゃんは浮かない顔をする。 「どうしたの、大丈夫?悪阻とかで辛い?」 私はうつむく萌ちゃんを覗き込む。 「うん。それもあるけど、いきなり過ぎて、嬉しいっていうより戸惑ってる。私、ちゃんと子供育てられるのかな、とかそんなことで頭いっぱいなの」 彼女は沈んだ顔のままそう言った。 とりあえず今は悪阻もあり、しばらくシフトを減らして様子を見ようと思っているようだ。 お昼から来る店長と今後の相談するつもりのようで、私は萌ちゃんに無理をしないように言うと、開店準備をするためにレジを開けに行った。 いつも通り、二人で午前中の仕事に取り掛かる。 私は萌ちゃんと何気ない話をしながらも、どこかうわの空のような感覚で仕事をしていた。 萌ちゃんが、お母さんになる。 一緒に住んでいる彼氏がいるので、いつかは結婚や出産という話になってもおかしくない。 おめでとうとは言ったものの、私は少しだけぽっかり穴が空いたような気持ちを抱えていた。 自分だけが取り残されるような、なにか無くしてしまうような気持ち。 ついこの間の、萌ちゃんと向かい合って食べた焼き鳥屋のテーブルを思い出す。 もうあんなふうに過ごす時間はなくなっちゃうのかな。 母親になる萌ちゃんは今まで一緒にいた彼女とは別人のように感じ、寂しさに似たものがこみ上げてくる。 仕事を終えて帰り道を歩いている間も、私はしんみりとした気持ちを抱えたままだった。 家に入って玄関の戸を開けると、すぐ見えるところに猫が座っていた。 前足を揃えてちょこんと座ると、私の方をじっと見る。 夕日みたいな、橙色のまるい瞳。 私は思わず口元が緩んだ。 「ただいま」 ただいま、なんて言うのは、何年ぶりだろう。 この家で一人で暮らすようになってから、きっと初めてだ。 新しい家族を抱き上げると、その日一日の疲れやどこか沈んだ気持ちから開放されていくような気分になった。 頬に触れる猫のひげの感触を味わいながら、私は台所に行って夕食の準備を始めた。
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