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三毛猫
近所に住む子供たちが、ぞろぞろと学校から帰ってきているようだ。
何人もが外を歩く足音と、賑やかやな話し声が聞こえてくる。
「夏休み、どこ行ってた?」
「僕は田舎のおばあちゃんのうちに行った」
「私は家族で〇〇ランド行ったよ」
「えっ、〇〇ランド?いいなー。じゃあ、あれ乗った?でっかいジェットコースターの・・」
話し声に混じり、かたかたという背負った鞄が揺れる音が、家の前を通り過ぎて行った。
午後四時前。
わたしはこの家の中にあるお気に入りの場所で、のんびりくつろぐ。
このごろ暑い日が続いていたので涼しい場所を探していたが、とてもいい感じの場所を見つけた。
家の一番奥にある、バスルーム。
日中は外にある木の陰になっていて、陽が当たる時間が短いみたいだ。
千夏はいつもハンドル式の窓を開けていくので、床が乾いて風通しが良い。
ひんやりとした床でわたしはうずくまりながら、この家に来る前のことを思い出していた。
ママとパパ、小さな男の子がいた、あの家。
高い場所に部屋があるのか、わたしは窓から見える景色をいつも見下ろしていた。
毎日元気いっぱいの男の子は、家の中を走り回っている。
そんな時は床が揺れ、座っているわたしの体も小さく震える。
お腹いっぱいで眠りそうな時にそんな揺れがやってくると、ちょっとしんどい。
時々彼は気まぐれに、温かくてしっとりした手でわたしに触れ、澄んだ瞳でこちらを見つめた。
昼間の静かな時間は、ママと二人きりだ。
ママはいつも午前中にいい香りのするお茶を飲み、それを飲み終えるとわたしを見守りながら家の中を整えていった。
部屋がきれいになっていき、洗濯物の匂いや食器を片付ける音が絶え間なく家の中に広がっていく。
やがて、まだ外が明るいうちに男の子が帰ってくる。
暗くなる頃にはパパも帰ってきて、みんなで賑やかな夕食の時間だ。
温かくて安らげる、小さな家。
それにしてもだ。
いったい、ママは何処に行ってしまったんだろう。
毎日ほとんど家にいたママが、しばらく家にいたりいなかったりの日が続いていた。
それがある日突然、もう二度と戻って来なくなってしまった。
ママがいなくなった家は暗く影を落とし、静まり返っていく。
埃っぽくてくすんだ家の中で、わたしがいくら待ってもママは戻って来なかったし、残された二人は暗い顔をしたまま暮らし続けていた。
今でも時々、優しく体を撫でてくれる柔らかな手や、部屋の中に漂うお茶のいい香りを思い出す。
ママ、もう家に戻ってる?
また会いたい。
そう思っていても、わたしは前に暮らしていた家に、もう戻れないみたいだ。
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