三毛猫

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千夏は昼間、家にいない。 ママと違って朝になるとどこかに行き、夕方になると帰ってくる。 日中は誰もいないので、わたしは一人きり、静かな家の中で過ごす。 「ただいまー」 遠くから千夏の声が聞こえた。 帰ってきたようだ。彼女の足音に混じって、なにかカサカサという音をさせながら家の中を歩いている。 わたしを探しているようだ。 「あっ、ここにいた。いいものあるから、こっちにおいで」 千夏はわたしを見付けてそう言うと、持っていたビニールの袋から鉢植えを出し始めた。 あっ、あれは。もしかして。 わたしは鉢植えに駆け寄った。 大好きなレモングラスだ。 わたしはゆっくりと葉の部分に鼻先を近付ける。 「気に入ったんだね。よかった」 千夏はそう言って、鉢植えを持ち上げると縁側の方に持って行く。 わたしは追いかけるように、その後に付いて行った。 千夏はレモングラスを風通しの良い場所に置くと、わたしの頭を撫でてバスルームに向かった。 シャワーを浴びるようだ。 残されたわたしは鉢植えの隣に座る。 ああ、いい香り。 前の家にもあった、懐かしのレモングラス。 爽やかな香りに包まれながら、庭を眺める。 南の方向に植えられた、小さな山椒の木。 微かな風に、そよそよと木の葉が小さく揺れていた。 木の近くには向日葵がある。 この家に来た頃には堂々と咲いていた黄色い向日葵も、近頃うつむきがちだ。 きっと陽の光に疲れたのだろう。 わたしも眩しすぎるのは苦手だ。瞳が乾いて痛むからね。 ぎらぎらとした陽の光を想像して、わたしはそっと目を閉じる。 ふと、ゆらりと大きな影が近付いてくる気配に、わたしは体を強張らせた。 薄っすらと目を開けて、影の正体を確認する。 なんだ、雅か。 前の家にいた頃から、時々見かけていた雅。 山椒の木より大きな背丈の彼が、庭の入口から入って来た。 そうだ。 雅なら、ママがどこにいるか知っているのかもしれない。 ねぇ、雅。 知ってるのなら、今度でいいから一緒に会いに来てよ。 もう一度会って、ママに撫でてもらいたい。 そう思いながら彼を見つめると、大きな手が優しくわたしの頭を包みこんだ。 「お、いいもん買ってもらったんだね」 雅は鉢植えを見て言う。 ふふ、そうでしょ。 千夏はわたしの好みを分かってるんだよ。 シャワーを浴びた千夏が縁側に出てきた。 風呂上がりの千夏は涼しげな服に着替えて、いつもと同じ匂いがする。 「お疲れ。今日も暑かったね」 彼女は雅とそんな話をしながら、冷蔵庫から出してきた缶を開けた。 雅にも同じものを渡している。
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