180人が本棚に入れています
本棚に追加
二人はわたしを挟む形で縁側に座ると、同じ飲み物を飲みながら言葉を交わし始めた。
わたしは鉢植えのそばに座ったまま、そんな二人の様子を眺める。
千夏は縁側にあるサンダルを履くと、向日葵に近付いて行った。
うつむく花の真ん中を覗き込むと、そこから一つ一つ小さな種を取り出し始める。
彼女の手の中に、縞柄の種が積み上げられていく。
「あれ?向日葵の種ってこんなに小さかったっけ。子供の頃はもっと大きかった気がするけど」
千夏は手のひらを見つめて言う。
「子供の頃より自分の手が大きくなったから、そう見えるだけなんじゃない?」
雅が言うと、千夏はふふっと笑って「そうかもね」と言った。
「萌ちゃんにあげようかな。ハムスター飼ってるから」
千夏が種を採る手を止めずに言う。
「萌さん、仕事いつまで?」
雅が聞いた。
「九月いっぱいだって。秋から冬にかけて、実家がある地元に帰るみたい。安定期入ってから出産までに籍入れて、家も探さなくちゃいけないし。忙しそうだよ」
「そっか」
二人の会話を聞いていると、萌ちゃんという人が遠くに行ってしまうようだ。
うつむく向日葵と、千夏が重なって見える。
どちらも元気が無く、うなだれてしょんぼりして見えた。
「寂しいな。みんな私の知らない場所に行っちゃう気がする。雅だっていつか誰かと結婚とかしたら、ここにも来なくなるでしょ」
千夏がしんみりとした口調で言った。
えっ、そうなの?
雅、いつかは来なくなっちゃうの?
わたしは雅の方を見た。
「どうだろう。僕は結婚とかするのかなぁ
・・」
雅はそう言って、缶に口を付ける。
しばらく口をつぐみ、何か物思いにふけるような顔をした。
千夏は何も言わず、相変わらず種を取り続けている。
「結婚=幸せ、だとは思えないんだよね。好きな人とずっと一緒にいられたら素敵なことだとは思うけど、自分の中でそれが結婚っていう形と繋がらないのかも」
雅は続けてそんなふうに言った。
結婚って、なに?
わたしはそう思ったが、考えても分からない。
話し続ける二人の間で、わたしはまた目を閉じた。
雅はここに住んでいるわけではない。
今日みたいにこうして庭からやってきて、しばらくすると何処かに帰っていく。
千夏と雅が話す様子を眺めていたら、前の家でママとパパが交わしていた、静かで穏やかな話し声を思い出した。
時々笑い声が混じる、温かな空気。
雅、ずっとここにいればいいのに。
そしたら前にわたしが暮らした家が、また自分の元に戻ってくるような気がした。
わたしが大好きな、温かな家。
ここは庭があるから、千夏はレモングラスをいっぱい植えてくれるかもしれない。
大好きな香りで満ちる庭。
いいなぁ。
そんな空想をしながら、わたしは思わず大きく深呼吸する。
もし、小さな子供がこの家に来たら、晴れた日は庭で一緒に遊んであげてもいいよ。
次は女の子がいいな。
なにして遊ぼうか。
わたしの胸の中に、ふわふわと淡い期待が湧き上がってくる。
やがて陽が落ち始めると、どこかでヒグラシの鳴く声が聞こえてきた。
カナカナカナカナ・・・
ゆっくりと空に吸い込まれていくような声で、何匹もが鳴き続けている。
辺りは薄暗くなってゆき、真夏の暑さが気配を消していく。
千夏の静かな声と、雅の低くて穏やかな声を聞きながら、わたしはゆっくり目を開けた。
この庭から、夏が去ろうとしている。
真ん中がぽっかり抜け落ちた向日葵から、僅かにに残った花びらが地面に落ちていくのが見えた。
最初のコメントを投稿しよう!