雅 ⑤

1/3
前へ
/58ページ
次へ

雅 ⑤

休憩中に煙草を吸ってひと息ついていると、後ろから店長に声を掛けられた。 「お疲れ」 座っている僕は、やや見上げる形で挨拶を返す。 「お疲れ様です」 店長は僕と向かい合う形で座る。 ポケットから見慣れたジッポを出すと、煙草に火をつけた。 この店で働いている人間で、喫煙者は店長と僕だけだ。 スタッフ用の喫煙スペースは僕たち二人だけのためにあるようなものだった。 「雅くんさ、大型二輪の免許持ってたよね?」 店長が煙を吐き出し、ひと息ついて言う。 前に僕がそんな話をしたのを覚えていたらしい。 「ああ、はい。自分のバイクは持ってないですけどね」 「なんで?」 「うーん、免許取りたての頃は貯金して買うぞ!って意気込んでたんですけどね。いつの間にかその熱意もなくなり・・みたいな」 僕がそう言うと、店長は笑った。 「まあ、高い買い物だしな。メンテもあるし、気候いい時期しか乗れないし」 「そうなんですよ」 僕は煙を吐きながらそう言った。 確か店長も免許を持っており、時々趣味でツーリングに行くと言っていた。 これから暑さが和らぎ、本格的な冬が来るまでの間は、バイクに乗るのに丁度いい時季かもしれない。 「雅くん今日、夜空いてるかな?ちょっと相談したいことあるんだけど、飲みに行かない?」 「分かりました」 僕は吸い殻を始末すると、休憩から仕事に戻った。 夕方五時に僕と店長は店を出て、飲食店の並ぶ通りへと足を運んだ。 どこに入ろうかという店長に、僕は前に千夏が行ったという焼き鳥屋を提案する。 「ぼんじりが旨いらしいですよ」 「お、いいね。焼き鳥屋は久しぶりだな」 二人で店に入ると、カウンターに並んで座った。 相談って、秋冬のメニューとかだろうか。それともスタッフ同士の人間関係のことか。 僕はなんとなくそんなことを考えながら、レモンサワーを注文する。 店長は今四十代前半で、十年以上前に今のカフェを起ち上げたメンバーの一人らしい。 結婚はしておらず、独身だ。 付き合っている彼女はいるようだと、スタッフの女の子たちが噂しているのを聞いた事がある。 いつも口元と顎に生えた髭は綺麗に整えられ、清潔感のある整った顔立ちは女の子たちの気を引いているようだ。 同性の僕から見ても、店長は格好いい。 今、僕が働いている店は元々、店長が友達三人で起ち上げたという話を聞いたことがある。 後に一人は転職し、もう一人は別の場所に自分の店を起ち上げたらしい。 時々うちのカフェで、三人集まって話をしているのを見かける。 賑やかで仲の良さそうな三人だ。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

180人が本棚に入れています
本棚に追加