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雅 ⑤
休憩中に煙草を吸ってひと息ついていると、後ろから店長に声を掛けられた。
「お疲れ」
座っている僕は、やや見上げる形で挨拶を返す。
「お疲れ様です」
店長は僕と向かい合う形で座る。
ポケットから見慣れたジッポを出すと、煙草に火をつけた。
この店で働いている人間で、喫煙者は店長と僕だけだ。
スタッフ用の喫煙スペースは僕たち二人だけのためにあるようなものだった。
「雅くんさ、大型二輪の免許持ってたよね?」
店長が煙を吐き出し、ひと息ついて言う。
前に僕がそんな話をしたのを覚えていたらしい。
「ああ、はい。自分のバイクは持ってないですけどね」
「なんで?」
「うーん、免許取りたての頃は貯金して買うぞ!って意気込んでたんですけどね。いつの間にかその熱意もなくなり・・みたいな」
僕がそう言うと、店長は笑った。
「まあ、高い買い物だしな。メンテもあるし、気候いい時期しか乗れないし」
「そうなんですよ」
僕は煙を吐きながらそう言った。
確か店長も免許を持っており、時々趣味でツーリングに行くと言っていた。
これから暑さが和らぎ、本格的な冬が来るまでの間は、バイクに乗るのに丁度いい時季かもしれない。
「雅くん今日、夜空いてるかな?ちょっと相談したいことあるんだけど、飲みに行かない?」
「分かりました」
僕は吸い殻を始末すると、休憩から仕事に戻った。
夕方五時に僕と店長は店を出て、飲食店の並ぶ通りへと足を運んだ。
どこに入ろうかという店長に、僕は前に千夏が行ったという焼き鳥屋を提案する。
「ぼんじりが旨いらしいですよ」
「お、いいね。焼き鳥屋は久しぶりだな」
二人で店に入ると、カウンターに並んで座った。
相談って、秋冬のメニューとかだろうか。それともスタッフ同士の人間関係のことか。
僕はなんとなくそんなことを考えながら、レモンサワーを注文する。
店長は今四十代前半で、十年以上前に今のカフェを起ち上げたメンバーの一人らしい。
結婚はしておらず、独身だ。
付き合っている彼女はいるようだと、スタッフの女の子たちが噂しているのを聞いた事がある。
いつも口元と顎に生えた髭は綺麗に整えられ、清潔感のある整った顔立ちは女の子たちの気を引いているようだ。
同性の僕から見ても、店長は格好いい。
今、僕が働いている店は元々、店長が友達三人で起ち上げたという話を聞いたことがある。
後に一人は転職し、もう一人は別の場所に自分の店を起ち上げたらしい。
時々うちのカフェで、三人集まって話をしているのを見かける。
賑やかで仲の良さそうな三人だ。
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