千夏 ⑥

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お昼前の十一時頃、雅は小さな発泡ケースに入った秋刀魚を持ってうちに来た。 私は台所で大根をおろし、雅は庭で七輪の使い方を調べながら準備している。 初めて七輪を使ってみたけれど、想像以上に美味しそうな秋刀魚が焼き上がった。 焼き目もいい感じに付いて、しっかりと中まで火が通っている。 そのまま二人で縁側に座って食べた。 「雅、綺麗に食べるね」 私は食べ終わった彼の皿に残る頭と骨を見て、そう言った。 骨から身を外すのにコツがあるらしく、私は二匹目でコツを教えてもらいながら食べた。 「次の十月と十一月、二ヶ月間だけ店長の代わりをすることになったんだ」 雅も二匹目の秋刀魚を食べながら言う。 彼が働くカフェの店長が休みをとるらしく、その間だけ雅が店長業務をこなすという話のようだった。 「忙しくなりそうだね。店長って仕事の拘束時間、今までより長くなるんじゃない?」 「そう。夜も遅くなるだろうから、多分しばらくここにも来られないと思う」 雅はそう言って、庭を眺めた。 十月と十一月か。 店長代理の期間が終われば、また今まで通りになるよね。 二ヶ月なんてあっと言う間だ。 そう思った私は、来られないと言った雅の言葉を、特に気に留めなかった。 秋晴れという言葉がぴったりな、青空が広がる昼下がりだ。 高く感じる空に、僅かな鱗雲だけがゆっくり流れていた。 七輪の煙の匂いが残る庭から遠くに見える山に、赤や黄色の葉が混じるのが見える。 今から十月にかけて紅葉が見頃になる時季だ。 「この前うちの店長が教えてくれたんだけどさ、バイクのレンタルできる店があるんだって。今から紅葉でも見に行く?」 雅が言う。 「バイク?私、運転できない」 「運転は僕がするよ。大型だと二人乗りできるんだ。どうする?」 大きなバイクに乗るのも、乗せてもらうのも初めてだ。 晴れた日に、風を切って走れたら気持ちいいだろう。 私は雅の提案に乗って、一緒に行くことにした。七輪の始末をしてから戸締まりをした後、二人でバス停まで歩いて行く。
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