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「わあ、すっかり忘れてた」と夏海は思わず口に出す。
でもそれならなんで、この前秋本はそんなもの知らないなんて言ったんだろう。なんだろう、何かまだ忘れているんだろうか。もやもやが収まらないので、夏海はスマホを取り出して美雪にラインを送った。
「ねえねえ。あのさ、この前のボタン、秋本にもらったんだったかも。私も忘れてたんだけど。秋本のお気に入りのジャケットに、もしかしたらこんなボタンついていたかも」
そうしたら、美雪が光の速さで電話をかけてきた。いや、光の速さっていうのは勿論比喩だけれども、まあそれくらいの勢いで。
「なにあんた、あれ秋本からもらったの?」と聞いてくるので、「そうみたい。さっきなんとなく思い出したの」と言うと、美雪はしばらく無言だったけれど、やがて「ぶはっ」と吹き出した。
ケタケタと笑い続ける美雪に「な、なに?どうしたの?」と尋ねると、「あんたは覚えてないんだろうけどさぁ」と美雪が話し始める。
――― 二人目の彼氏に振られたときのこと、覚えてる?十カ月も付き合った挙句に「やっぱり友達としてしか見られない」っていうバカみたいな理由で振られて、あんた珍しく荒れてたんだよね。
そんな時にテレビかなんかで卒業式に好きな人から第二ボタン貰った話みたいなのを見たらしくて、制服のボタンは一番上は自分、二番目が一番大切な人、三番目は友人、四番目は家族、とかいう役にも立たない知識を持ち出してさ。
「私はどうせ友人どまりですよ、第三ボタンですよ。そもそもなんで一番大切な人に捧げるのが二番目なの?自分の方が大事なの?意味分かんない」とかいって、飲みながら散々愚痴こぼしてたじゃない。
覚えてないの?
そうしたら秋本が、「バカかお前。第二ボタンが心臓に一番近いからだろうが」って言って、あんたが「秋本が、秋本が気障なこと言ってる」とかって、ひーひー笑うから秋本怒っちゃってもう大変だったんだから。あんたがあんなに酔っぱらったの後にも先にもあの時だけだよ。 秋本はあの時心底うんざりした顔であんたの愚痴を聞いてたけど、なんか思うところあったのかもしれないね。
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