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「っ……えっ、ちゃん……」
喉から出て来た声は自分でも驚くほどの擦れた声だった。
驚きと、不安と、疑問が同時に咲夜の中に生まれた。どうしたらいいか、どうすれば良いかさえもわからない。ただただこの一秒さえもとても長く感じられて思考速度だけが異常な早さで回転している。周囲がスローモーションで加速し続け咲夜の眼だけがせわしなくビクビクと震えている。
眼の限界が来てしまい再びまばたきをした。
咲夜の両目が捉えたのは先程の絶望を塗り替えす意外な光景だった。
影兎を囲うように球体のバリア? シールドが展開されていたのだ。咲夜はすぐさまトリスさんかトードさんだろうと判断して馬車付近にいるトリスさんを見やった、が、先程と変わらず(一、二秒ではさすがに戦況は変わらない)幼体と応戦していたままだった。ならば馬車を操縦していたトードさんか? と思い少し後ろを見やるが馬車に結界でも張っているのかそれを維持するだけで大変そうにしている。
(なら誰? この場には私たち四人しかいないはず……)
咲夜はなんとか冷静さを戻した頭で今の状況を整理しようとした。
D.Sのブレスが止み、影兎を包み込んでいた球体のシールドが解除された。だが地面に激しく落ちることはなくゆっくりと降ろされた。
「チッ……干渉するつもりはなかったんだけどな。はぁ、仕方ないか……」
どこからともなくそんな声が聞こえた。咲夜は驚き辺りを見回した――居ない。再び同じ声がした。
「っと、そろそろ時間だな……あいつが勇者か」
声の主の方へ向くと目が合った。声の主は足首まで伸びるロングコート身につけフードを目深く被っていた。ここから見えたのは口元と声質からして男だろうということと風によって露見させられた腰に刺さった短剣だけだった。
目が合い何かを呟くと消え入るような速度でその場所から姿を消した。
咲夜が呆然としているとトリスさんとトードさんが駆け寄ってきた。トードさんは影兎にマナポーションを飲ませると治癒魔法をかけた。たちまち影兎のHp魔力とともに八割方回復した。
「最後危なかったですね」
不意にそう呼びかけられ少々混乱しながら応えた。
「最後? まだD.Sは……?! 死んでる……」
あのロングコート男が来た、いや見つけたときにはまだD.Sは生きていた……はず。でもいつの間に? それともえっちゃんの魔法が本体にも当たった……? 幼体は……?!
「い、いない……」
先程まで、いやついさっきまで大量の幼体が影兎によって氷像にされたはずだ。それなのに氷の破片すら、幼体の死体すら見当たらないのだ。あるのはD.Sの首が落とされ、尻尾が凍りついている現実だけだった。
咲夜は状況が全く理解できず混乱した。
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