二匹目

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二匹目

駅前に立つその姿は、周りと比べ幾分か目立っていた。服装に関しては前回と似たり寄ったりで派手さはないが、手足が長く目鼻立ちがそれとなく整っている為、シャツにスラックスでも格好がつく。なんて憎たらしい容姿だと、自身を待つユウに玉城はそんなことを思った。 「お待たせしました」 近くに来た所で声をかけると、携帯電話に落とされていた視線が持ち上がる。待ち合わせの時間より少し早めに着くように来たが、ユウはもっと早く来ていたらしい。 「前回のあれから体調は大丈夫でしたか?」 連れられた店のメニューに酒類を見つけ、玉城はユウに質問を投げた。 「体調?」 「普段は飲まないって言っていたので、二日酔いとか」 「あぁ、そういうこと。特には大丈夫だったよ」 「そうですか。じゃあ、今日はどうします?」 「あ、いや…。今日はいいかな」 大丈夫だったと言うわりに少し慌てた断りを入れられ、玉城は思わず微笑する。この様子だと前回も本当に大丈夫だったのか怪しい。 「相当苦手なんですね」 「若い頃に一回記憶を飛ばしてから怖いんだ。一緒に飲んでた友達にはそれから本気で止められるし」 「あははっ…!ユウさん何したんですか?」 「それは僕も聞きたい」 ユウ曰く、当時の詳細は友人に聞いても教えてくれなかったとか。醜態とは縁遠い大人な雰囲気をしているだけに、側から聞いてるだけの玉城からすれば面白さしかない。 「でも君が飲めるなら、もっと酒の種類が多い店にすればよかったね。自分が飲めないから、料理メインの店しか知らないんだけど」 料理に合わせて適当なワインを頼む玉城に、ユウは頭を掻いた。興味がない態度をしていながら、時折出る気遣いにユウの人柄を見る。これは今まで会ったどのお客にも話したことがないが、申し訳なさそうなユウを前にして隠す気が薄れてしまった。 「実は言うと俺も大して飲めないんです」 「そうなの?ならどうして」 「パパ活で誰かと会う時は何となく飲んでしまうんです。景気づけと言うか、ルーティンみたいな」 体質的に合わないので量は飲まないけれど、アルコール度数の低いカクテルなんかをグラスに一杯程度。多くても二杯。その方が饒舌に気分が高揚する。 「そこまでして続ける理由は…」 思わずといった風に零したユウだが、側を通る店員の足音に口を噤んだ。漂う空腹を誘う匂いと、賑わった店内が二人を急に現実へと引き戻す。 「ごめん、違う。君を否定してるんじゃなくて…」 「なら逆に聞きますけど、ユウさんこそ俺を買う理由は?」 言葉を遮った先で、見据えたユウの目が狼狽えた。追い詰めるつもりはなかったのだけれど、玉城の中で積もった疑問が質問を取り下げる選択肢を与えない。 「ごめん」 「返事になってないですよ」 項垂れる姿に玉城は小さく笑う。 それは嫌味のない含み笑いに近い音だった。 別段、玉城は怒っているわけではない。なんて無神経な奴だとユウを見損なったわけでもない。ただ、玉城自身もこの行為を続ける理由が分からず、ユウからの質問に多少なりとも狼狽えた。 「すみません、意地悪言いました。あまりに答え難い質問だったから」 「答え難い………あぁ、ごめん。こんな所でする話でもなかったね」 人に会話を聞かれる状態を示唆して、ユウが読み違えたことを言う。玉城としては答えの見えない質問をされて困ったのだが、ユウが納得したのならそれ以上掘り下げる気はなかった。 「そんな顔しないでください。素性をしつこく聞いてくる人に比べたら、ユウさんはいい人すぎます。少し怖いぐらい」 それは紛れもなく本心だった。月に数回の取引で、体の関係を強請られる煩わしさもないなら上客だ。二人は僅かに残った気不味さを、間も無くして運ばれて来た料理で消化する。普段よりも饒舌なのは、慣れないワインの所為だろうかと、玉城はまるで他人事のように考えた。 「ねぇ、本当に大丈夫?」 食事を終えて店外に出た時、背後からかけられたのはユウの心配そうな声だった。 「大丈夫ですよー」 玉城はくるりと振り返り、軽快に笑う。 千鳥足とまではいかないけれど、その足取りは見ていて何処か危なっかしい。暗闇からふらりと現れた自転車に、反応し損ねた玉城の腕をユウは慌てて掴んだ。 「やっぱり酔ってるじゃん」 やれやれとでも言いたげに吐かれる息には気付かず、玉城は淡く香ったそれに思わず距離を縮めた。 「コーヒーの良い匂い」 鼻を鳴らした玉城にユウの双眸が見開かれた。先程まで店内の料理に紛れ気付かなかったが、近くに立つと分かる芳しさ。それに砂糖を焦がしたような甘い香り。 「職業柄、かな。仕事先で扱ってて」 「そうなんですねー!俺、カフェラテに目がないんですよ。美味しいお店見つけたら是非教えてください」 ユウが求めない限り、次や今度がない関係であるにも関わらず、玉城は無意識にそんなことを言ってしまった。 「じゃあ、次に会う時までに決めておくよ」 酔いの浮遊感に包まれた頭では、その意味の深さを汲み取れず、玉城は無邪気に微笑んだ。しかし、差し出された封筒に漸く現実を見て、前回と同じ疑問が生まれる。この男は自身に何を求めているのかと。
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