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フリーライダー
「伸介! いつまでダラダラしてるの! ソロソロ働きなさい!」
「うるせーなー!」
「親に向かって何よ! その口の聞き方!」
織田家は、伸介が小学校5年生の時に両親が離婚した。それから母親が一人っ子の伸介を、女手ひとつで育てていたのだが、仕事が遅くなる関係上、会話をする機会も減っていく。伸介は中学途中から登校拒否が始まった。その頃から引きこもりがちになり、その半年後ぐらいから本格的に引きこもりになった。
現在22歳。1日中オンラインゲームをしているだけ。14歳頃から現在まで完全な引きこもりの為、家の外に出るのはコンビニへ行く時ぐらい。家の中でも、トイレとバスルーム以外は自分の部屋にこもりっきりだ。その為、友達は疎か、母親でさえほとんど顔を見ない。
母親の加奈は今まで、いつか変わってくれるだろうと我慢をしていた。言って無理やり変わらせるのと、自分から変わるのでは大きな違いがある。
学校生活でトラブルがあり、登校拒否になるのは理解が出来る。だが、働かないのは別問題だ。
伸介は短気でプライドが高い。中途半端に頭が良かったせいで、変なプライドを持ってしまったのかもしれない。基本、引きこもりになる人というのは、プライドが高いのだろう。学校でのトラブルもその影響が大きい。結果、プライドが高い為、就職するにしても、低賃金であまり頭の良くない上司にこき遣われるのが嫌で働かないのだ。
◆引きこもりを責める時にフリーライダーという言葉をよく聞く。フリーライダーとは言葉の通り、タダ乗りを意味する。
例えば、日本を大きな船と考えて、その船に日本国民全員が乗っているとしよう。船を動かすには、燃料費や船員の人件費が掛かる。その為、乗車賃を貰って賄うのだが、その乗車賃(税金)を引きこもりは払わず、タダ乗りしていると責め立てるのだ。この場合、引きこもりは反論せず無視するのが基本だ。反論したところで何も解決しないし、そもそも、引きこもりは面倒くさがりだ。反論するのは面倒くさいと考える。
中途半端に頭が良い、プライドの高い引きこもりが何故反論をしないかには、もう一つ理由がある。それは、フリーライダー問題の穴を知っているからだ。
フリーライダー問題の穴とは?
その日本の船を動かすには、一人当たり、年収八百万円以上でないと乗車賃(所得税)が不足しているのだ。そうなると、国民の八割以上がタダ乗りとなってしまう。いやいや、ちょっとは払っているじゃないかとなるが、引きこもりと言えど、消費税や住民税等、少しは払っている。額に差があるだけで五十歩百歩だという切り札を引きこもりは持っているのだ。あまりにもしつこく責め立てて来た時には、「お前もタダ乗りしてるじゃないか!」と、この切り札で戦える。引きこもりじゃ無い人は、そんな事を知らない事が多いし、そもそも知る必要が無い。引きこもり達は、この切り札で自分達のプライドを保持しているのだ◆
ただ、伸介はその少量の乗車賃も払っていない。消費税も母親からのお小遣いで払っている。プライドもへったくれもない状況下で日々過ごしている。何を言われても反論する武器は無いのだ。となると、母親に勝てるのは腕力だけとなってしまう。
伸介の母、加奈は、伸介が二十歳まで別れた夫から養育費を貰っていたので、金銭面で困ることは無かったのだが、既に養育費の振り込みが無くなり2年目……。 今日、自分から変わってくれるというのを諦めて、遂に加奈から動いた。
「伸介! 部屋から出て来て話しなさい!」
「……」
「伸介! 出て来なさい!」
ガチャ
「ほっといてくれよ!」
「もうあなたも22歳よ! いい加減働きなさい!」
「分かったよ。また、考えとくから」
部屋に戻ろうとする伸介の腕を、加奈は爪がくい込むほど強く握り引っ張った。
「イテッ」
「今、考えなさい! もう、あなたを養っていくお金はこの家には無いのよ!」
「あー、もう、うるさい!」
ドンッ!
加奈の判断が一般的に正解かどうかは分からないが、とにかく、伸介には間違った応対だった。
短気な伸介は母親を突き飛ばした。伸介の部屋は階段を上って直ぐだ。伸介は母親が悲鳴もあげずに、階段の下へゆっくりと吸い込まれるのを目の当たりにした。
殺そうとは思っていなかった。だが、別に死んでくれても構わないと衝動的に思った。
ドゴンッ! ズズズ……
ガチャ……バタン……カチャ
伸介は部屋に入り、鍵を閉めた。
カチャ、ガチャン!
直ぐに伸介は冷静になり部屋を飛び出し、階段を下りる。
「母さん!」
母親は強く頭を打ち付けたようで、頭から血を流し、意識を失っている。今から救急車を呼べば助かるかもしれないが、助からない可能性もかなり高い。
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