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girl meets boy
松山美緒は不満だった。
みんな、ランチの量をどうのこうのって言うけど、三時頃にはしっかりティータイムとか言って、お菓子食べてるじゃない。それで終業頃にまた、小腹がとか言って甘いものがまわったりして。
食が細い筈の人たちが自分より太っているのはそのせいだ、と分析する。美緒には間食の習慣は、ない。ただ「女性のためのランチ」では帰宅までは持たないので、まわってくるお菓子を口に入れたりはする。
食が細いことを女らしいことだと勘違いしてるヤツ、出て来い!
そして美緒の観察結果、無駄に太っている人っていうのはトータルでカロリーをとっているのである。美緒が太らない体質なのではなく、「食が細い」筈の彼女たちは間食によって美緒の一回相当の食事量よりも多くカロリーを摂取している。
力がないことを女らしいことだと勘違いしているのも、どうしたものか。
高速プリンター打ち出し用のストックフォームを、たかだか二箱運ぶために台車が出てくる。美緒が持ったまま階段で移動しようとすると「バカ力」と評される。10キロもないものを持ち上げて「バカ力」が聞いて呆れる。一歳児だって、それくらいの重さはあるのだ。
子供を抱いているお母さんが全員力持ちじゃないでしょ!
とりあえず、彼女たちから見て美緒は女らしくも色っぽくもないらしい。女は男に「守ってやりたい」と思わせなくてはいけない、らしい。
「松山さん、お茶入れてくれない?」
上司が普通の顔でそれを言った時、美緒はすごいスピードでキーボードに数字を打ち込んでいた。売上締めの当日、一刻も早くデータ入力を終わらせて、経理に報告したいところだ。ちなみに、衛生材料の卸売りである。
「今、手が離せません!」
「そんなこと言わないでさ、冷たいなあ」
客じゃあるまいし、お茶くらい自分で入れやがれ!
「大木君っ! 部長がお茶入れてくれって!」
「女の子の入れてくれたお茶のほうが美味しいんだよ」
アホかっ! 給湯室にはお茶っ葉は一種類しかないわっ! 美緒はしぶしぶ立ち上がって、部長の特大の湯飲みを受け取り、給湯室に向かう。
湯飲みを部長の席に置いて席に戻ると、メモがあった。
――経理より、売上報告の督促あり。
伝票は、残すところ5枚である。
バカヤロ―――!
上司に向かってそれを叫ばないだけの良識は、ちゃんと持ち合わせている。女の子は急ぎの仕事よりも上司のお茶汲みを優先するべきだと考えている、前世紀の遺物はそうそう消えてなくならない。
「そんなだから彼氏ができないのよ。せっかく悪くない素材なのにぃ」
何度それを聞いたことだろう。女の子をアピールすることが恋愛に結びつくわけじゃない、と美緒は思う。出会いのチャンスが遅いだけだ。
二十二の処女の、どこが悪い。
高校生の頃に、彼氏らしきモノは居た。卒業と同時に終わってしまったけれど。専門学校時代には彼氏らしい彼氏はいなかった。会社の中に若い男がいないわけでもないが、好ましく思う男はいない。結婚退職が当たり前の会社って、今時珍しい。
経理への報告がようやく終わると、十三時半になっていた。
「お昼休み、三十分ください」
財布だけ持って部長に申告すると、会社を飛び出す。会社の近所でランチができるところは、夜に居酒屋へとシフトするので、十四時を過ぎると休憩に入ってしまう。
お茶入れろじゃなくて、昼休み返上で仕事したあたしを労え!
美緒の部署にはもう一人、同じ営業事務がいるのだが、彼女は自分の仕事が終わっても美緒の仕事に手を出さない。ある意味気楽ではあるが、自分の持ち分の仕事が多い時には不公平な気がしてしまう。
「鮪丼お願いします」
昼の混雑の終わった『たぬきや』には、客が数人しかいない。あ、ほらっ! あたしじゃなくても、ひとりの女の子いるじゃない! 同志!
美緒の視線の先には、ボーイッシュなショートカットの、白いシャツに作業着を羽織ったパンツ姿の一人の姿があった。女の子でも技術職に就ける会社っていいな、なんてぼんやりと見ていると、目が合った。彼女は戸惑ったような顔で軽く会釈をする。
知ってる人だった?
「お勘定お願いしまーす」
レジに立って店の人にかけた声は意外に低くハスキーで、ポケットから無造作に出した財布は黒だ。
えーっ! もしかして、男?
そういえば腰がやけに細い……後ろ姿を思わず確認して、パンツがメンズ仕立だと気がつく。顔をあげると、肩越しに振り向いたその人と、もう一度目があった。
……どこかで、会った?
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