recognized me

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 エレベーターは極力使わず、五階までの上り降りは階段で。体力づくりを兼ねて、龍太郎が毎日実践していることだ。もちろん、同僚が一緒の場合にはエレベーターを使う。別館から地下に降りた守衛室に用事があり、渡り通路から階段室に入って二階分降りたときに、珍しいものを見た。  ダンボールを肩に担いだ女の子である。腰で持ち上げているとか、台車に乗せているのではない。(階段では当然、台車は使えない)軽々とではなく、支える腕に力が入っているのがわかる。あの子だ、と気がつくのに時間はかからなかった。  何故エレベーターを使わない? 当然の疑問だ。  二階まで降りて、階段室のドアを開けるために彼女は一度段ボールを床に置いた。ドスンと重い音がする。龍太郎が思っているよりも、更に重いものが入っているらしい。ドアを固定して、もう一度担ぎ上げる時に「せいっ!」と威勢のいい掛け声が聞こえたので、思わず笑ってしまう。荷物を担ぐことに夢中になっていたらしい彼女は、他に人がいるとは思っていなかったらしい。ぎょっとした顔で荷物を担いだまま振り向いて、よろけた。  龍太郎が慌てて荷物を支えると、体勢を立て直して頭を動かさずに礼を言った。そして、どうしていいかわからない顔のまま、フロアの奥に消えていった。  ヘン! あの子、なんかヘン!  消えていったフロアの奥を振り向きながら、龍太郎は笑いを噛み殺した。  倉庫から引っ張り出してきた石膏ギプスのサンプルの箱を会議室の机に降ろした後、美緒は改めて先刻の出来事を思い出す。  やっぱり男の人だったなあ。同じビルの中にいたのか。なんであたしの顔、覚えてるんだろ。  重い荷物を肩に乗せたので、首の筋がおかしい。  あたしよりも華奢で可愛かった。アイドルってナマで見ると、あんな感じなのかなあ。ってか、あたし、ちゃんとお礼言った? 肩痛いし転びそうだしで、なんかヘンな顔してたかも。  そこまで考えて、美緒は頭を仕事モードに切り替えた。  ま、いいや。どうせ知らない人だし。 「ケーキ、食べてかない?」  同僚たちと一緒にビルを出ると、美緒の前から覚えたばかりの顔が歩いてきた。  ネクタイ締めてる! 似合う!  多分身体のボリュームに合わせて選んでいるだろうネクタイは細身で、童顔がシャープに見える。 「先程は、ありがとうございました」  軽く頭を下げると、笑顔が戻ってきた。通り過ぎ、同僚に「誰?」と聞かれる。 「知らない。さっき、ギプス運ぶ時にちょっと手を貸してもらったの」 「かわいいけど、背、低過ぎかな」  たしかに、あたしよりも小さかった。  女の子の集団とすれ違って背中に視線を感じた龍太郎は、思わず振り向いた。挨拶を交わした女の子とは別の何人かがこちらをちらちらと見ている。  言ってることは知ってるんだ。顔は良いのに背が低すぎるとかなんとか。  事実だ。絶対に否定はできない。盛大に溜息をついた。  せめて、中身だけでも男にしとこ。男のおばさんにならないように。 「身長って重要項目?」  声が聞こえなくなったあたりで、美緒が発した言葉は、知らない。 「篠ちゃんの身体のどこに、俺と同じ量の食い物が入るわけ?」  龍太郎の同僚・藤原の発言だ。 「胃袋に決まってるだろ。頭とかケツのわけあるか」  仕事帰りのラーメン屋で、ビールを飲んでから大盛のタンメンと餃子を頼んだ。20代半ばにして腹まわりを気にし始めた藤原は、休日にせっせとジムに通っている。 「その顔でそのセリフ、ヘン」 「好きで女顔じゃねえっ!」  殊更男を主張したような藤原の、縦にも横にもがっちりした体格を眺めてみる。一緒に居ると、自分が余計に小さく見える気がする。しかし、社内で一番気が合う。  フジみたいな外見なら、違う人生だった気がする。  そんなコンプレックスが何の役にもたたないことは、龍太郎だって理解しているのだ。 「おはようございまーす」  駅から会社に向かう途中、龍太郎の背に声がかかった。と、挨拶を返す間もなく、声の主は早足で抜き去っていった。  あれ? あの子だった?  交差点の雑踏を走るように進む女の子は、やけにパワフルに見えた。遅刻間際なのかも知れない。セミロングの髪が揺れる。  なんていうか、身体に気合いが詰まってる感じ。  同じビルへの道を歩きながら、龍太郎はなんとなく浮き立つ気分になった。  美緒がお茶当番のため、給湯室で部内全員分のお茶を入れていると、同期の鈴森がロッカー室に行く前にひょいっと顔を出した。 「おはよ。この間の小さい彼、本館の五階の会社だね。本館から入ったら、誰かとエレベーターに乗ってった」 「止まる階見てたの? 朝からヒマだね。自分より背が低い男はヤダとか言ってなかった?」 鈴森は長い巻き毛をひとふりして言う。 「え? つきあうんなら背が高い方がいいけど、観賞用にいいじゃない。この会社、顔面レベルの高い男はいないし」 「人間に対して観賞用って失礼な」  つきあうのはイヤだけど観賞用、なんて言われたらいやだろうなあ。  美緒はうろ覚えの顔を思い出して、気の毒になった。本人の責任じゃないのに。  同じビルの中にいても、他の会社の人間と顔をあわせることは、意外に少ない。職種が違えば時間帯も違う。龍太郎は朝、駅から会社へ向かう道でキョロキョロする。  実際のところ、どんな子なんだろ。  顔が好みだと言っても、即座に恋愛に結びつくほど子供ではない。ただ、興味は惹かれる。  きょとんとした悪びれない顔してて、やけにパワフルな子。  龍太郎の美緒の評価は、今のところそんな感じだ。そして、それ以外の評価もしてみたいなーなんて、思っているのだ。
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