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get to know
ビルの別館の入り口で待っていたのは、ハーフパンツにニットコートの美緒と、淡い色合いのスカートに巻き髪の女の子だった。
「とりあえず自己紹介はあとにして、行こうか」
行き先は、何の芸もなくビルの近くの居酒屋である。男ばかりで行く時よりも、少し小綺麗な場所を選びはしたが。
席について、簡単に自己紹介をしあう。美緒と一緒にいたのは鈴森で、「いわゆる女の子」だなと龍太郎は思う。一方、美緒は藤原と龍太郎を見較べて、「外見が真逆で面白い」と思っていたりするのだが、双方それを口に出すほど分別がないわけでもない。
「松坊がお世話になってます」
「坊なの?松山さん」
「本人、自分の性別がわかってないようなところがあって」
美緒が唇を尖らせて、そんなことないもんと呟く。やっぱり、かわいい。龍太郎の頬は少し緩んだ。
当たり障りのない会話で座をもたせたあと、美緒が手洗いに立ったときのことだ。
「篠田さん、もしかして松坊だけを誘ったつもりだったんじゃないですか?」
鈴森が龍太郎の顔を覗きこんだ。
「あの子って普通じゃない鈍さだから、はっきり言わないとダメですよ。見かけは悪くないから、合コンなんかであきらかなアプローチかけられるんだけど、気がつきませんから」
「あきらかなアプローチって?」
「常に隣に移動してくる人っているじゃないですか。それを偶然だと本気で思ってるんですよ。松坊が興味示した話題を一生懸命に掘り下げる人なんて、『趣味が会う人がいて良かった』で片付けちゃう。話しこんでるな、これは上手くいくかな、とかまわりが思ってても『終バスに乗り遅れるから』なんて連絡先教えないで帰っちゃうし。本人、悪気があるわけじゃないから始末が悪いんです」
藤原が笑い出す。
「それ、どう考えても拒否られたようにしか見えないでしょ」
「まあ、今日は鈴森さんとも知り合えたし。これからよろしく」
龍太郎は、とりあえず「アイドル顔」といわれる顔で笑ってみせた。
入れ違いで龍太郎が立った。
「仲いいんですね。全然タイプが違うように見えるのに」
美緒が藤原に話しかける。
「タイプが似てるからって仲がいいわけじゃない。鈴森さんと松山さんも違って見えるよ」
「松坊と同じタイプなんていないっ!」
鈴森が混ぜ返す。
「篠ちゃんはああ見えて直情径行だからさ、同じタイプの人間とじゃ戦っちゃうんじゃない?」
藤原は少し前の話をはじめた。
「うちの会社、新入社員教育で二週間合宿するの。支店採用も合わせて、二十人くらいで。まだ名前も知らない奴と同室でさ、当然性格なんかわからない状態じゃない」
うんうん、と相手ふたりは頷く。
「篠ちゃんって、女の子から見てもとっつきやすいから、初めの頃は本当にアイドル状態で女の子に囲まれてたわけ」
「あー、わかるー」
鈴森が相槌を打った。
「で、その中にすっごい可愛い子がいたの。なんかね、連れて歩いたら自慢だぞみたいな子」
つまり、研修所でプチなハーレム状態だったのである。
「もちろん篠ちゃんが女の子に媚びてたわけじゃないし、却って困った顔してるのはわかってたんだけど、ひとりで女と仲良くしやがって、とか思う奴もいるわけさ。まして狙いをつけた子が、自分よりも篠ちゃんにべったりで、面白くないわけ。はじめのうちって気ばっかり使って、本音なんか見せないから、篠ちゃんは見た目でずいぶん舐められてたし。しかも、研修の成績はやたら良かったしね」
藤原は話を続けた。
「距離感が学生の時のまんまの奴もいてね。そうすると、弱々しく見えて成績のいい篠ちゃんは『いじりたくなる』人なんだよね。男は四人部屋でさ、俺も一緒だったの。だからまあ、僻みの入った小さいイヤガラセは気がついてて、それは我慢できる範囲だって踏んで、何も言わなかった」
「うわー、子供みたい」
「研修が明日で終わるって日にね、そのすっごい可愛い子が篠ちゃんに告ったって噂が流れたの。本当に学生ノリでしょ? 彼女は支店採用の子だし、篠ちゃんはデマだって言ってるけど、真に受けたのが彼女に気があった奴。同室でね、結構ガタイのいい奴なんだわ。それが夜になってから、酔っぱらった振りして篠ちゃんに絡むわけ。成績がいい奴はとか顔のいい奴はとか言って、頭小突いてみたり。篠ちゃんもはじめは相手してなかったんだけど、途中から顔色は変わってきてた」
「格闘?」
「格闘じゃ確実に負けるでしょ。体重が1.5倍の相手だし。でも、そうなるとこだったけど」
鈴森は面白そうに、美緒は複雑な顔をして聞いている。
「篠ちゃんが反応しないもんだから、相手はエスカレートしたんだね。『おまえ、性同一障害とやらで後付けで男になったんと違うか?』なんて、酔ってる振りはしてたけど素面だったね、あのセリフは」
「そんなの、両方に対して失礼じゃない!」
藤原がその相手でもあったかのように抗議の声を上げる美緒を手で抑え、話が続いた。
「それ、篠ちゃんがまったく同じこと言った。あいつが座り込んでる横に篠ちゃんが立った時、あいつは無意識に体格で威圧しようとして立ち上がったんだ」
もう、オチは見えている。
その時、藤原の頭に薄青いシャツの腕が巻きついた。綺麗に極まったヘッドロックの形になる。
「俺がいない時に勝手に俺の話してんじゃねえよっ! てめえはよっ!」
ギブ! と手を外させた藤原は結論だけを大急ぎで付け足した。
「あんな綺麗に入ったボディーブロー、はじめて見たね。その後、同じ部屋の奴とかたっぽずつ抑えるのが大変だった」
まだ伸びようとする腕を避けながら、藤原は笑った。
「篠ちゃんって、こういうヤツ」
終バスの時間が、と美緒が言いだして、お開きにすることにした。美緒と鈴森に二千円ずつ出させ、残りを龍太郎と藤原で割り勘する。駅まで一緒に歩き、美緒が地下鉄の入口に入る前に龍太郎は呼びとめた。
「あのね、今度はふたりで会ってみたいんだけど。ダメ?」
はっきり主張しないと気がつかない、と鈴森のアドバイスに従ったのである。美緒と同じ路線の鈴森が、割って入る。
「ダメじゃないですっ! 全然! 松坊だけ誘ってやってください!」
それだけ言うと、美緒をひきずって地下鉄の階段を下りていった。
「なんで鈴森が返事するのー?」
「何? 篠田さんがイヤなの?」
「そうじゃないけど、なんか意味合いがわかんなくて」
鈴森は溜息をついた。
「現時点で意味なんかない。ふたりで会って、どんな人だか確認しないと話がはじまらないでしょうが。生理的に受け付けないタイプならいざ知らず、顔も見たくないんじゃないでしょ? 学生さんみたいに毎日会ってる内に気になってー、なんてのなら社内恋愛しかないわよ」
「社内でそう思う人なんていないもん」
鈴森は美緒に顔を寄せた。
「今のスタンスだと、あんた八十になっても処女よ」
八十の処女? そんなバカな。
「とりあえず誘われてみ? 悪い人じゃなさそうだし、初心者向き」
「何の初心者?」
「いいから、言うこと聞きなさいっ!」
迫力の言葉に、思わず返事をする。
ま、いいか。別に会うくらい。
「今日は付き合わせちゃって悪かったな」
駅の上にあるビルに入った店で、龍太郎は藤原に礼を言った。もう一杯だけ飲んでいこうか、と寄ったのだ。
「いや、女の子たちはそこそこ可愛かったし、楽しかったわ。松山さん、手強そうだけど」
「んー……ちょっとわかんない子だよね。ま、ぼちぼちと行ってみるよ」
願わくば、容姿について何も言われませんように。
龍太郎君よりも背が高いから、ヒールが履けない。龍太郎君を弟と間違われるから。お化粧したら私よりも綺麗なんじゃないかって言われた。腕も足も私より細いじゃない。サラサラの髪、女の子みたい。指輪のサイズがメンズじゃないんだね。服を一緒に選びたくても、売っている店が見つからないんだもん。
全部、俺のせいじゃない。高いヒールを履いちゃイヤだなんて言ったことはないし、細い髪だって伸ばしたことなんかないんだ。
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