boy meets girl

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boy meets girl

 156センチ、47キロ、靴のサイズは23.5センチ。髪は細く、色白の小さな顔には黒目がちの大きな瞳と輪郭の整った唇。華奢な身体は程よく筋肉がのっているらしく、意外なほど敏捷に動く。  ラインの美しい顎から続く細い首に隆起しているものは―――喉仏。 「男だっ! バカヤローッ!」  篠田龍太郎の得意技がボディーブローなのは、頭部よりも腹部のほうに手が届きやすいからである。もちろん、そうそうそれを喰らうものはいないし、彼は冷静な男なので、怒りを飲み込むことも出来る。小柄で女顔だとはいえ、未成熟なわけではない。コンプレックスの分、闇雲に「男だ」と強調するキライはあるにしろ、概ね真っ当な社会人であるし常識人だ。恋愛だって、けして未経験ではない。芸能界にでもいるならば、その華奢な体格と可愛らしい顔はセールスポイントだろう。  俺、自分を商品に見せるような才覚ねえし。  彼はごくごく一般的な会社員であり、出勤する時はセオリー通りネクタイだって締めている。成人式の時に、姉に七五三とバカにされた記憶があったとしても、同僚たちが秘かに「化粧させたい」と囁いているにしても。ただし、作業着のサイズはSでも袖丈が余る。そして、新規の取引先に、「あの、ちっちゃい女の子みたいな」と覚えられていたりする。 「篠田君って本当に可愛いもんねー」 「大の男に可愛いって言うな!」 「大じゃなくて、小じゃーん」  同僚たちとのお約束の会話に、笑いながら実は深く傷ついていたりもする。  文系の大学を出て中規模の住宅メーカーに就職、内勤希望だったにもかかわらず、就職先での配属先は「設備部」だった。営業部のように個人相手の気詰りはないが、下請け会社は現場オンリーのごついオジサンたちだらけだ。見た目が頼りない龍太郎の指示なんか、てんでバカにしたものだ。  努力に勝る才能なしって言うけど、俺の見た目は努力でどうにかなるのか。コンプレックスは深くなる一方だ。  大体、この見かけに置いて「本当に欲しかった愛」をいくつ逃したことか。一番悲しかったのはあれだ、シルバーのペアリング。 「龍太郎君の指って、私より細いのね」  彼女はそれからしばらくしてから、「包んでくれると実感できる男」を見つけて去っていった。 「フォレストハウスさんって、女の人も現場に出るんですか」  そう声をかけてきたのは、取引先の空調設備会社エア・トラッド・ジャパンの営業、津田だった。龍太郎よりも丸々頭ひとつ分デカい。 「先刻名刺渡しましたよね。龍太郎なんて名前の女がいると思います?」  確かにバタバタと挨拶したので、声を出さなかった記憶はある。思い切りよく見降ろされ、まさに上から下まで見回されてから「すみません」と小さな声で詫びが入った。いくつか歳上であろうその相手に頭を下げさせたのだから、腹が立とうがどうしようが、こちらも頭を下げなくてはならない。 「よく言われちゃうんですよ。ツラもこんなですし」 「あははっ。本当ですね。男にしておくの、もったいないようですねえ」  見降ろして笑うな。ボディーブローかますぞ?  龍太郎は握りしめた拳を開く。怒っても仕方ない。相手はバカにしたり貶したりしているのではないのだ。  龍太郎の会社の入っているオフィス・ビルは本館と別館が渡り廊下で繋がった形のつくりである。別館にどんな会社が入っているかは知らないが、ビルの逆側に出るために、時々渡り廊下を通って別館のエレベーターを使う。  その日は珍しく、内勤日だった。昼食をとるため、龍太郎は同僚たちと別館のエレベーターに乗り込んでいた。雑居のオフィス・ビルなので、見たことのない人間は多数いるし、その中に女の子の集団がいてもおかしい訳じゃない。  うっ! カワイイ!  知らない集団の中に思いっきり好みのタイプを発見し、ひそかに観察していると、急に目が合った。慌てて逸らす。集団のランチの相談はまとまらないらしく、なにやら意見を出し合っている。 「あたし、『たぬきや』で鮪丼がいい」  龍太郎の視線の先が主張する。 「え? あそこ、盛りが良すぎない? 食べきれるのなんて、あんただけよ」 「あそこなら、大盛とかおかわりとかしなくていいもん」 『たぬきや』は、どちらかと言えば客層が男向けの、量の多さが売り物の店だ。中でも鮪丼は、男でも満足する量で人気がある。龍太郎含む三人で、これから行くところだ。あの普通なら特盛りと言われる量を、この女の子が嬉しそうに食べるのか。  見たいっ! 「あんたの胃袋になんか、ついていくヤツはいないっ!」  好みの女の子は集団の中に巻き込まれ、龍太郎の目的地とは違う場所に連行されていった。あーあ。
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