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盛り上がっただけで男と寝ちゃうもんなんだな。 付き合うつもりもないのに。 あのフェルメールの祐子ちゃんが。 バッキ―さんと会った後に僕と会った彼女は、一体あの時、何を考えていたんだろうか。 僕がもたれている電車の座席の前には、当時の彼女と同じぐらいの年齢の女の子が、膝に手を置いて座っている。持ち物はポシェットだけ。 祐子ちゃんは、あの日僕と別れた後、こんな風に電車に乗っていたのかもしれない。でも、手に持っていたのは、ポシェットではなくレトルトカレー、しかもむき出し。 そっか。あの手にポシェットではなくて、レトルトカレーだとすると。 こりゃ、恥ずかしいな。おかしい。 違和感がただならない。 好奇の目で見ないわけにはいかない。 あれ? 僕の中で、彼女に手渡したレトルトカレーの意味が変わっているのに、その時気づいたのだ。それは、僕の気の利かなさを象徴する痛い物件ではなく、まるで。 まるで、罰ゲーム。 あ。そうか。罰ゲーム。 僕は、彼女に罰ゲームを与えていた。 手にレトルトカレー一袋だけ持って電車に乗る罰ゲーム。 彼女は、僕に与えられた罰ゲームを受けていたのだ。 いや、そうじゃない。 そんなの僕の勝手な解釈の問題だ。 でも。 それで、収まるべきものがすんなり収まるべきところに収まるのも確かで。 僕は、彼女にやられた分をやり返した。 彼女は、僕にやった分をやり返された。 これで、収支が成り立つじゃないか。 彼女の心も僕の心も、そのアイデアで落ち着くところに落ち着く。 僕は、電車を降りて改札を抜け、アパートへの道を歩く。 そして、ふいに、思い出したのだ。 まるで蓋をされたように思い出せなかったこと。忘れかけていたこと。あの日、味噌煮込みうどんを二人で食べて、店を出た後の事だ。  * 「あ!」 祐子ちゃんは、店の前で腕時計を見ると、急に僕の手を握ったのだった。 「え?何?」 「いいから!」 そして、走り出す。 僕は、フェルメールの祐子ちゃんに手を引っ張られて、名古屋駅の構内を走った。 みんな見てる。 恥ずかしい。でも、うれしい。 「何?なんなの?」 「間に合わないから、早く!」 あ。 そして、目の前に出現したのは、壁一面の大きなからくり時計。 12時の鐘の音とともに、小さな人形が、そこかしこから飛び出してくる。汽車も走ってる。 そっか。これを見せたかったのか。 僕たちは、手を握りあったまま、小さなセレモニーが終わるまで、ずっとそこに立っていたのだ。  * フェルメールの祐子ちゃんは、ちゃんと思い出を残してくれていた。 アパートの3畳の部屋に戻った僕は、流しで体を拭き、寝袋に入ると、キオスクで買ったアイマスクをした。 そして、あのからくり時計を思い浮かべながら眠りに落ち、それから24時間、眠り続けたのだ。
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