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4
盛り上がっただけで男と寝ちゃうもんなんだな。
付き合うつもりもないのに。
あのフェルメールの祐子ちゃんが。
バッキ―さんと会った後に僕と会った彼女は、一体あの時、何を考えていたんだろうか。
僕がもたれている電車の座席の前には、当時の彼女と同じぐらいの年齢の女の子が、膝に手を置いて座っている。持ち物はポシェットだけ。
祐子ちゃんは、あの日僕と別れた後、こんな風に電車に乗っていたのかもしれない。でも、手に持っていたのは、ポシェットではなくレトルトカレー、しかもむき出し。
そっか。あの手にポシェットではなくて、レトルトカレーだとすると。
こりゃ、恥ずかしいな。おかしい。
違和感がただならない。
好奇の目で見ないわけにはいかない。
あれ?
僕の中で、彼女に手渡したレトルトカレーの意味が変わっているのに、その時気づいたのだ。それは、僕の気の利かなさを象徴する痛い物件ではなく、まるで。
まるで、罰ゲーム。
あ。そうか。罰ゲーム。
僕は、彼女に罰ゲームを与えていた。
手にレトルトカレー一袋だけ持って電車に乗る罰ゲーム。
彼女は、僕に与えられた罰ゲームを受けていたのだ。
いや、そうじゃない。
そんなの僕の勝手な解釈の問題だ。
でも。
それで、収まるべきものがすんなり収まるべきところに収まるのも確かで。
僕は、彼女にやられた分をやり返した。
彼女は、僕にやった分をやり返された。
これで、収支が成り立つじゃないか。
彼女の心も僕の心も、そのアイデアで落ち着くところに落ち着く。
僕は、電車を降りて改札を抜け、アパートへの道を歩く。
そして、ふいに、思い出したのだ。
まるで蓋をされたように思い出せなかったこと。忘れかけていたこと。あの日、味噌煮込みうどんを二人で食べて、店を出た後の事だ。
*
「あ!」
祐子ちゃんは、店の前で腕時計を見ると、急に僕の手を握ったのだった。
「え?何?」
「いいから!」
そして、走り出す。
僕は、フェルメールの祐子ちゃんに手を引っ張られて、名古屋駅の構内を走った。
みんな見てる。
恥ずかしい。でも、うれしい。
「何?なんなの?」
「間に合わないから、早く!」
あ。
そして、目の前に出現したのは、壁一面の大きなからくり時計。
12時の鐘の音とともに、小さな人形が、そこかしこから飛び出してくる。汽車も走ってる。
そっか。これを見せたかったのか。
僕たちは、手を握りあったまま、小さなセレモニーが終わるまで、ずっとそこに立っていたのだ。
*
フェルメールの祐子ちゃんは、ちゃんと思い出を残してくれていた。
アパートの3畳の部屋に戻った僕は、流しで体を拭き、寝袋に入ると、キオスクで買ったアイマスクをした。
そして、あのからくり時計を思い浮かべながら眠りに落ち、それから24時間、眠り続けたのだ。
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