3月

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 目を(みは)った私の前に、悠斗が手のひらを上にして開く。そこでにぶく光る金色のボタンは、思っていたより小さく見えた。 「お返しに、あげる。後で捨ててもいいから」  私が真似してそう言うと、悠斗は少し困ったみたいな顔で笑って、大きな手をゆっくり閉じてボタンを閉じ込めた。 「ありがとう」  少しかすれたその声が、好きだった。優しい顔も、長い指も、短くて丸い爪も。本当はまだ、好きなんて、思えないくらいに。 「第二ボタンは、す、好きな人に、あげるから!」  声がうわずって、かっこよく言えなかった。でも、がんばって上げた口角は、きっと悠斗には笑顔に見えてくれたはず。 「元気でね!」  私は精一杯三角にした口でそう言って、悠斗に背を向けた。  右手に握りしめた第二ボタンは、変わらず温かくて。たぶんそれはもう、悠斗のじゃなく私の体温だってわかってるのに。  懐かしくて、悲しくて、涙が溢れてきた。  後ろから、スニーカーが地面を擦る音が聞こえる。悠斗が歩いていく。私とは違う方向に。だんだん離れていく足音が、寂しくないと言ったら嘘になるけど。  私たちは本当にちゃんと、お別れしたんだ。できたんだ。そう思えたことが、嬉しかった。 (悠斗……私ね、悠斗のためなら死んでもいいって、本気で思ってたんだよ……)  愛で死ぬなら、いいと思ってた。でも、そんなの間違ってた。バカだった。  死んじゃったのは、私じゃなかったんだから。
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