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返事をしようとしたが、唇が微かに震えるだけで言葉にならなかった。
「人生ってのはなあ、生きるのも生きねえのも自分で決めなきゃなんねえ。失敗も成功もねえ。ただ決めるだけだ。今はわかんねえだろうが、お前も、いつか自分で選ぶんだなあ」
親父。
横たわったままの佳人の目から、勝手に涙が流れた。熱い涙が鼻筋を通り頬の下に溜まる。
忘れもしない。父の死の間際の言葉。これは、父の死の再現だ。俺はまた、父が死ぬところを見なければならないのか。
「俺は、先に行ってるぞ。佳人お!」
父が大きく口を開いて笑い、腹部に牛刀包丁を突き刺した。音は、吐瀉物が床に落ちる音で掻き消された。ぎゅぎゅっと刃を横に引き、太った肉を割き、赤い血が内側から零れるように漏れ出る。硬質な沼が八つ裂きにされるような奇怪な現実に聴覚を捨てたくなる。
見たくない。佳人は瞼を閉じたが、瞼の内側に父の姿が浮かぶのだった。血を吐き、口の端に泡を立てながら、父は笑っている。
「佳人お」
「ヨシさあん」
「佳人おおおおお」
「ヨシさああああん」
「佳人!」
「もうやめてくれ。誰も、俺を呼ぶな。放っといてくれ!」
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