第 五 章  望 郷

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 ――正直、一度は揺らいだんだ。  これまでの常識をかなぐり捨てて、この島の信仰に身を投じてもいいのではないかと。恵利子の指摘は図星だった。自分はきっと、居場所を欲している。ずっと孤独だった。胸の中央に空いた風穴が都会のビル風に吹かれてビュービューと鳴って、うるさくて、恥ずかしくて、その音を隠すために平気に振る舞って生きてきた。自嘲してへらへらと笑って。自虐に逃げて。虚勢を張って。そうだ。東京で自分を待つ人間などいない。小車は少しは悲しんでくれるかもしれないが、都会の忙しなさの前じゃ自分など取るに足らない存在だ。  みのりへの想いは、微塵も変化していなかった。彼女が好きだ。いくら血の上で姉弟だとしても、二十五年間一度も会わずに育ってきた。感覚的には他人だ。倫理的な判断をくだそうとする自分もいないわけではない。それも思考を放棄して、島の一員として溶け込んでしまえば、きっと平穏に暮らせるに違いない。この故郷で。  だがそんな願いはまぼろしだ。  俺は、やっぱり駄目なんだ。どこへ行ったって同じだ。うまくやれない。結局、そうなのだ。江島も刺してしまった。刺すつもりなんかなかったんだ。でも、もう、これまでのようにはいかないだろう。周囲の見る目は変わる。どうして。クソッ……。  それに、あの吉田ら島民の態度。白一族を祀りあげて神聖化している反面、やけに傲慢で見下していた。忌避しているのとも違って思える。  信仰が根付いているがゆえに、彼らもまた仕来たりに囚われているのだとしても、ああまで白一族に固執するのは。……本当に、ただの信仰心だけなのだろうか。
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