甘い過去 苦い現代

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「いらっしゃいませー 」 今日も裕二はフレッシュなコンビニ店員として そして成績優秀な学生として 二足のわらじを履いたような生活を満喫していた。 抜群な成績を生かし 女子大学生にチヤホヤされ、ナンバーワンイケメン 康介と二大モテ男として煌びやかな大学生活を送っている。 本人にとっても非の打ち所がないほどの華々しさである。 教育係を任されている裕二は自らの業務をこなしながら、新人の成長を見守る育ての親のような立場に立っている。 辛苦よりやりがいが勝る洋介にとって週五のバイトはなんの苦にもならなかった。 それどころかバイトが生活の一部となっている自分がいた。 三年のクリスマス 三年振りのバイトなしで真面にクリスマスという日を過ごす久しさがある。 しかし一番の醍醐味の彼女は作れず、友人たちと小洒落たバーで語り明かした聖夜を迎えていた。 バーボンを飲む手を一切止めることなく、勢いよく喉に流し込むムードメーカーの真也に対し、裕二はジントニックをゆっくりとあおる。 「なぁー かのじよ ほしいゆなぁー ハッハーーー」 既に出来上がった真也の介抱に回ると、カウンターに1人ぽつりと涙を流す女性がいた。 見た目から大学生だと推測する。 「多分 失恋しちゃったんだろうなぁ。」 女子大生の涙と言ったら失恋が鉄板でほぼ間違いがない回答である。 真也が気持ちよさそうに眠っている隙に、裕二が女性の元へ近づく。 「何見てんのよ!! どうせ笑いに来たんでしょ!」 「い、いやそう言うわけじゃなかったんですけど。」 警戒心を強める女性は敵意剥き出しの形相で睨みつける。 完全に怖気付いた裕二はその場から離れようとするが、意識と反して全く足が動かない。 原因不明のモヤモヤが足を石像のように硬化させている。 「な、何よ 私に何か用?」 勢いよくハイボールをあおりながら、どんどんと詰め寄っていく。 急な接近にさすがの裕二も恐怖に戦く。 「い、いや 泣いてらっしゃったんで、何か相談に乗れることがあるのかなぁ? なんて思ったりしまして。」 「あんたにあたしの何がわかるって言うの? 冷やかしに来たんだったら帰って! ねえ早く!」 「そ、そうですよね すいませんでした。 ハハハ」 笑って誤魔化し何とか難を逃れた。 颯爽と席へ戻ると、真也はこれ以上無いであろう幸せな表情でスヤスヤと眠っている。 三年振りのクリスマスだと言うのに、友人の介抱に付き合わされ、酷く酔いが回っているだろう女子大生の怒号で逃げ出して、全くろくな事はないであろう。 無理やり真也を起こし 会計を済ませる。 呂律が回っていない真也をタクシーで強引に送り、一人寂しくイルミネーション光る駅前の道を歩く。 落胆する淋しき男を嘲笑うかのように、どの店もパーティー客で溢れかえっていた。 大学で持て囃されているインテリイケメンでも一人きりのクリスマス を過ごすことがある。 人生は本当に本当に何が起こるか分からないものである。 プレゼントを心待ちにしている子がすやすやと眠っている頃、裕二は真っ暗な観葉植物に出迎えられた。 ジントニックの酔いが回り、意識が混濁していく。 気づけば観葉植物手前の階段の前で笑顔を浮かばせながら眠りについている。 ハッと眠りから冷めると 既に九時を回っている。 すっかり酔いが覚めているのに、気分はいつまで経ってもブルーのまま。 ファミコンで鬱憤を紛らわそうとし酔うという試みもまもなく失敗に終わった。 市販の鍋焼きうどんも上手く喉を通らないまま、一日中ベッドで横たわる。 キラキラと輝いた男の人生に陰りが見え始めたちょうどそんな時の事だった。
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