甘い過去 苦い現代

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本番まで一週間を切った。 面接練習も佳境に入り指導にも熱が込上げる。 一回一回のノック音が深い緊張を誘う。 一つ一つの仕草の違和感でさえ指摘される。 そう簡単にプロの目は誤魔化すことが出来ない。 数え切れないほどの失礼しますと会釈を繰り返しても完璧と言えるほどの面接は実現しなかった。 ひらりと紅葉が舞い散る一本道を只管考え事をしながら歩く裕二 「おはよう 裕二」 あまりにも唐突すぎる優子の登場に尻もちをつく。 そんな裕二の姿がツボにハマったのか、小さな手で口を抑えながら爆笑している。 程よいそよ風が優子のショートカットを靡かせる。 「いきなりどうしたんだよ。」 「明日面接でしょ?」 「そうだけど」 「だからお手伝いしに来たの!」 「お手伝い? いいよ 余計なお世話だよ」 「また強がっちゃって 明日に備えて一緒に練習しよ。 時間あるでしょ?」 「あ、あるけど..」 「なら決まり 放課後図書室に来て」 言われるがままに面接練習を催促され、返す言葉も無かった。 この日の授業中は 優子が頻繁に振り向くやいなや、ジロジロと様子を穿っていた。 チャイムが鳴り いち早く約束の図書室へ向かうと既に優子の姿があった。 何故か照れ笑いを抑え切れていない。 不思議に思う裕二を後目に面接練習がスタートしてしまった。 案の定 優子と面接官が合致しない。 何を聞かれても優子のことばかりに目が行ってしまう。 集中力皆無のまま面接練習が終わる。 靴箱の靴が埋まる玄関を抜けると、優子が手を差し伸べる。 「ねっ 繋ご?」 裕二はそっと撫でるように手を握る。 「うん。 でもどうして面接練習なんか..」 「勿論 裕二のことを応援したいから 後ね.....」 「後?」 「ううん何でもない。」 「そっか」 「とりあえず明日頑張ってね。」 「うんありがとう。」 冷たいそよ風が頬を伝ったが、優子の手の温かさが圧倒的に勝った。 無駄な面接練習に対する憤慨もすっかり消えた。 本番前日 しかし裕二は優子のあの言葉が頭から離れられなくなっていた。 最終確認も忘れ そのまま眠りにつく。
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