境界 - 第1話 転校生 

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境界 - 第1話 転校生 

 久我山駅の外はどんよりとした世界が広がっていた。  雲が多くて暗い空は、通勤に向かう人々の姿を灰掛かった色に変える。  今朝は特に身体が重い。鉛の靴を履いているかのように足を上げるのが苦痛だ。つま先が上がらず地面に引っ掛けて転びそうになる。  久我山駅から学校までの僅か十分の通学路が、途轍(とてつ)もなく長い距離に感じて、数歩歩いたところで立ち止まる。  緒川樹希(おがわいつき)は両足を肩幅に開き背筋をピンと張り、腰の高さで拳を固め両目を閉じる。ゆっくりとお腹を膨らませながら息を吐き、吐き終わると今度はお腹をへこませながら息を吸い始めた。  空手で「息吹」と呼ばれる逆腹式呼吸だ。  小学四年生のときから、もう七年間空手を続けている。  苦しいときや、逆に調子が良くて浮かれているときに、樹希はいつもこの息吹を行う。 ――私は何も悪いことをしていない。胸を張って登校するんだ!  樹希は十五才らしく溌溂とした顔でまっすぐ前を向き、確かな足取りで歩き出した。
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