51人が本棚に入れています
本棚に追加
/595ページ
境界 - 第1話 転校生
久我山駅の外はどんよりとした世界が広がっていた。
雲が多くて暗い空は、通勤に向かう人々の姿を灰掛かった色に変える。
今朝は特に身体が重い。鉛の靴を履いているかのように足を上げるのが苦痛だ。つま先が上がらず地面に引っ掛けて転びそうになる。
久我山駅から学校までの僅か十分の通学路が、途轍もなく長い距離に感じて、数歩歩いたところで立ち止まる。
緒川樹希は両足を肩幅に開き背筋をピンと張り、腰の高さで拳を固め両目を閉じる。ゆっくりとお腹を膨らませながら息を吐き、吐き終わると今度はお腹をへこませながら息を吸い始めた。
空手で「息吹」と呼ばれる逆腹式呼吸だ。
小学四年生のときから、もう七年間空手を続けている。
苦しいときや、逆に調子が良くて浮かれているときに、樹希はいつもこの息吹を行う。
――私は何も悪いことをしていない。胸を張って登校するんだ!
樹希は十五才らしく溌溂とした顔でまっすぐ前を向き、確かな足取りで歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!