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私の知っている香椎 亜柊は何処へ行ってしまったのだろうか。少なくとも、瞳に映っている人間は別人に決まっている。そうに違いあるまい。だってお兄ちゃんは包容力があって、いっぱい甘やかしてくれて、私には勿体ないまでの完璧な人間だったのだ。
確かに周りの同級生や親友からは、私達の距離感は普通じゃないと揶揄される事もあったけれど、それでも私と兄は普通よりも仲の良い兄妹なだけだと思っていた。家族としての愛情を兄に抱いていたし、兄も当然私と同様の愛情を抱いているのだと思っていた。
それなのにこの人は今、何て云っていた?
皮を被っていたと云った。カモフラージュの為にわざわざ恋人を仕立てていたと云った。全部私が悪いと云った。
「流星だな?」
頬に伝う涙の雫を舌で舐めて、器用に片方の眉を吊り上げた相手が嗤う。双眸は嗤っていないし、相変わらず瞳孔は開いている。まるで壊れた玩具の様だ、歪で奇怪で狂気的だ。
突然ポンッと投下された愛しい人の名前に対し、眉間に皺が寄る。相手の質問の意味が分からなかったからだ。
「ここのところずっと妙な胸騒ぎがしていた。水都から流星の匂いがしたあの夏休みの日から少しずつ確信に変わっていった。」
「……。」
「流星だな?俺の愛しい水都の身体にこんな印を付けた恨めしい人間は。」
漸く質問の意味を理解した時には、兄は私の返事に耳を傾ける姿勢すら一切見せずに目を細めた。
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