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目前で兄の表情があからさまに崩れていく。階下から私達の名前を呼ぶ声に私は安堵してホッと息を吐き出した。それと当時に強張っていた全身から力が抜けていく。
助かった。母が来てくれなかったらどうなっていたのかなんて、考えるだけでも恐ろしくなる。
「亜柊、水都、寝てるの?夕食買って来たから一緒に食べましょう。」
舌打ちを暗闇の中に響かせた後、兄が渋々と云った感じで漸く私の上から退いてくれた。神経を擦り減らしたせいで疲弊し切っている身体が深くマットレスに沈む。自らの服を拾い上げて着直した兄は、床に点在している私の服も拾って露出している素肌を隠す様にそっと置いた。
まるで情事を致した後みたいな雰囲気に、罪の意識が付き纏う。このまま母親と顔を合わせられるのだろうか。けれど顔を合わさなくても不審がられるだろう。
「着させてやろうか?」
「じ、自分で着られるからやめて。」
すっかりいつもの調子に戻っている兄から飛び出た言葉に慌てて上体を起こした私は、急いで服に腕を通した。端整な顔に意地悪な表情を浮かべる相手には罪の意識が皆無なのか、呑気に欠伸を零している。
何でそんなに平然としていられるの?私一人ばっかり複雑に考えて、事を重く受け取っていて馬鹿みたいじゃない。一番反省しないといけないのはお兄ちゃんの方なはずなのに……。
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